第344話 因縁
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オットー・アルテアンは戦いの主導権を握ろうと、高い上背から風を切るように、メイスを勢いよく叩きつけた。
対するデルタは、小兵ながらもネオジェネシスの怪力を生かして大鎌で受け止める。
「デルタ、港町ツェア以来だな。お前に追いかけられた時は、ぼかぁ、いい年して小便ちびるところだったぜ」
「アルテアン地区委員長。大同盟と縁を結ぶためといえ、貴方を生かして釣り餌に使ったのは失敗だった」
オットーとデルタには、ネオジェネシス決起の際に、領都ユテスから逃亡する難民を巡って因縁があった。
「父からは、貴方の強さを何度も聞かされた。だけど、僕は信じていなかった。緋色革命軍地区委員長としての無能な采配は、昼行灯を装っていたのか?」
「恥ずかしながら、我が身の不徳だよ。あの頃は、だーれも、ぼくの話を聞いてくれなかったんだ」
オットーは、困ったように鼻をかいた。
彼は、緋色革命軍の司令官ゴルト・トイフェルに地区委員長という職務を押し付けられたものの……、部下となった自称〝革命家〟のゴロツキ達は略奪以外に興味がなく、マルグリットを除く寝返り貴族達も、まるで勤労意欲に欠けていたからだ。
「僕だって、緋色革命軍の惨状はこの目で見た。だからこそ、父は離反し、ネオジェネシスとして独立を果たしたんだ。なのに、友人だったはずの貴方は、協力もせずに不貞寝を決め込んだっ!」
「そうやって思い詰めて暴走するところ、父親にそっくりだぜ。なあブロルの息子……」
「黙れ!」
デルタの第六位級契約神器ルーンサイズと、オットーの第六位級契約神器ルーンメイスが交差する。
ギブネ山脈に、目を灼くような閃光が発し、轟音が響き渡った。
「僕は、父の意志を果たして見せる。術式――〝影牙〟――起動!」
デルタの大鎌から射す影が、草花を枯らし、岩を砂に変えながら、オットーを喰らおうと走る。
生命力を操作する力こそ、デルタが操る第六位級契約神器ルーンサイズの切り札なのだろう。
「デルタ、そいつはブロルの願いか、それともお前の願いか? 術式――〝爆封〟――起動!」
オットーが振り回す槌が青い光を発すると、彼の周囲で小規模な爆発が立て続けに起こった。
「アルテアン地区委員長。その規模の爆発で、ネオジェネシスたるぼくを止められると思うな」
デルタは、生命を奪う影を牽制に使いつつ、オットーの首を刈ろうと低い姿勢で接近する。
ネオジェネシスの再生能力は並ではない。この規模の爆発では、傷ひとつ残らない。
「そうだよ、デルタ。ぼくも、ぼくの神器も弱い。だから、悪知恵を働かせるのさ」
オットーの周囲を取り巻く爆発は、連鎖してより巨大な爆風となり、迫る影もろともに高速で迫るデルタを吹き飛ばした。
「こ、のおおおっ」
デルタは、地面を転がりながら理解した。
オットーの契約神器は、周囲に不可視の爆弾を設置する、その程度のものだ。
爆弾単体の威力は低く、射程も最大で一〇m程度。ただし複数の場所に置くことで爆発が繋がって、威力が天井知らずに上がってゆく。
つまり、オットーと戦うということは、彼が作り上げる攻防一体の陣地をいかに攻略するか、という頭脳戦に他ならない。
「これだけやれるくせに、なにが弱いだ。この不良神官め!」
「おいおい、ひ弱なオトナをからかうんもんじゃない。もしも、クローディアス辺境伯様や、セイ司令が相手なら、読み負けてしまうからね」
デルタは、オットーの指摘が真実であることを、肌で理解した。
もしもギブネ山脈に兵を率いてきた大将が、〝万人敵〟ゴルト・トイフェルであれば、軍勢での戦闘でも、一騎討ちでも、オットーを一蹴しただろう。
「デルタ。ぼくはブロルが何を憎み、何を変えようとしていたかを知っている」
オットーは、デルタを諭すように告げた。
「でも、クローディアス・レーベンヒェルムの手で、改革はすでに進んでいるんだ。デルタ、お前達はいったい何の為に戦っているんだ?」





