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第339話 侍女の帰還と顔なし竜の最期

339


 クロードは、苦闘の末にレアが姿を変えた桜貝の髪飾りを奪い返すことに成功する。

 しかし――、血に濡れた手のひらを開いて愕然とした。


「この髪飾り、一枚だけだ!?」


 そう、クロードが彼女に贈った桜貝の髪飾りは、〝対となった二枚貝を加工したもの〟だ。一枚だけでは、足りないのだ。


「ふひひ。ふひゃひゃひゃっ。残念でしたね、辺境伯。ジョーカーは、まだ我々の手にあるようだ」


 ベックは死に体ながらも、肉体の一部から触腕を伸ばして、もう一枚の髪飾りを自らのハラワタから抜き取った。


「受け取れ、巫女殿。レベッカ・エングホルムよ、私は確かに使命を果たしたぞ」


 ベックは、桜色の貝殻を光で包み込み、何処かへと転移させた。

 レーベンヒェルム領軍は、転移阻止の術式を展開していたが、顔なし竜(ニーズヘッグ)に変身したベックが暴れ回ったことで、無力化されていたのだ。


「僕は、必ずレアを取り戻す。エカルド・ベック、迷わず黄泉路へ行くがいい」


 クロードは奥歯を噛みしめて言い放ち、瀕死のベックにトドメを刺そうとした。

 

『いいえ、クロードさま。もういいのです』


 しかし、貝の髪飾りから伝わってくる、レアの穏やかな声が彼を制止した。

 クロードの手の中で、貝殻が姿を変える。彼の手のひらで包み込めるほどに小さく、そして愛らしい侍女がそこに居た。


「ああ、レア、レア。レアっ」

「クロードさま。私はここにいます。ちゃんといますから」


 男泣きに泣くクロードの額に、小さなレアが寄り添い、肩をドゥーエが叩く。


「おめでとうさん、と言うべきですかね。どっちにしろ、あいつに未来はありません。あんな阿呆と心中する義理はないでゲス」


 テルとガルムもまた、クロードのズボンの裾を引いていた。


「クロオド、侍女については後で何とかスル。今ハ仲間を治療をしテ避難させロ。アノ〝融合体〟は火がついタ時限爆弾みたいなモノだ」

「バウ、バウっ」


 クロードは、ベックを憐むように見つめた。


「ふひっ、革命は終わらない……」


 破滅の雪を降らせた男は、柿色の髪が白く変色していた。

 クロードの手で下半身は断たれ、上半身も白い灰のような結晶体に変わりながら崩れてゆく。


「ふひゃっ。すべてを支配してやるんだ、世界をこの手に……」


 ベックは雹の翼をはためかせ、飛行要塞へと逃れようとしていた。

 しかし、クロード達はもはや末路の定まった相手を止めようとは思わなかった。


(ああ、そうだったな。ショーコちゃんが、テルが言っていたじゃないか。人間と契約神器、魔術道具を一体化させた融合体は、極めて強い力を得る。けれど……)


 その反面、存在そのものが不安定になり、最期は広範囲を巻き込んで爆発するのだ。


「フフフ。またお会いしましょう……」

「俺も最後はそっちへ行く。地獄でまた会おうぜ、馬鹿野郎」


 ドゥーエだけが、去りゆくエカルド・ベックへ別離を告げた。


――

――――


 エカルド・ベックは、雹の翼を使って飛行要塞へと辿り着いた。

 レーベンヒェルム領を、ヴォルノー島を離れて、ネオジェネシスの拠点があるマラヤ半島東部へと逃亡を開始する。

 ベックが、強襲地点を領都郊外に定めたのは、式典が終わって緊張の途切れた瞬間を狙うという意味と同時に、海に面して退路確保がしやすいという見通しもあった。


「ひぎっ。ひぎゃ、いぎぎぎっ……」


 しかし、ベックは、これまで彼が突き落としてきた犠牲者達の地獄を味わうかのように、全身を激痛と灼熱と悪寒に苛まれていた。


「まだだ。まだこの〝桃火砦とうかとりで〟が残っている。私は、集める。金を、力を、そして――そして、ああ、ああっ」


 ベックは、狼狽を隠せなかった。

 自分は、何を為したかったのだろう?

 誰も居なくなった砦で、どうして這いずっているのだろう?

 ベックの疑問に応える仲間は、もう何処にもいなかった。


「誰か、誰か、おしエテ」


 ベックが今際に見た幻か、それとも死者の魂が本当に迎えに来たのか、彼は同志達が天上から降りてくるのを見た。

 けれど、総首領も、巫女も、イオーシフも、誰もが悲しそうに俯いていた。

 否、沈黙を守る集団の中で、たった一人だけ大声で笑っている少年がいた。


「ブラボーッ、ブラボーッ! ベック、よくやってくれた。少しは溜飲りゅういんが下がったよ」

「ファヴニル様、助けに来てくださったのですか?」


 空耳では無いし、幻でもない。

 飛行要塞の遙か上空に、金と銀のひらひらした衣をまとった美しい少年がいる。

 ファヴニルは、実に愉快そうな笑みを浮かべながら這いずるベックを見下ろしていた。


「面白かったよ。いい余興だった」

「よきょウ、ですっテ?」


 ベックは、ファヴニルの真意を確かめようとした。

 けれど、頭はまるで回らず、全身が痛みと熱と寒さでぐちゃぐちゃで、もう喉すらまともに動かなかった。

 次の瞬間、彼の肉体は、灰となって崩れる。膨大な熱量が、まるで卵の殻を破るように現世に出現した。


「あ、アアアアアアアアアアアアアアアアアっ」


 爆音と共に、天を覆うようなキノコ雲が立ち昇る。

 エカルド・ベックは赤い導家士の同志が残した空中要塞諸共に、チリも残さず消え去った。

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◆上野文より、新作の連載始めました。
『カクリヨの鬼退治』

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― 新着の感想 ―
[一言] とりあえず決着がついたみたいで、よかったよかった。 まだ何も解決してませんけど、ひとまず目の前の危機は消滅しましたね。 今回の敵ベック氏は「4列目の男」という言葉が似合うなって思いました。…
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