第335話 化身
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「ひっ、ひぎゃああああっっ!」
クロード渾身の一太刀が、エカルド・ベックの上半身と下半身を泣き別れにして、戦場に絶叫が響き渡った。
(これで絶った。皆は、生命を喰らう雪からどれだけ生き残れた?)
クロードは、八丁念仏団子差しを魔力に還して、仲間達を振り返った。
街道は、溶けて動かなくなったネオジェネシス兵と、苦痛に喘ぐ友軍の兵士達で溢れている。
迫る脅威を払い、仇を討つのは当然だ。
しかし、失った命は決して帰って来ないのだ。
「辺境伯様。手当は私と衛生部隊が担当します。戦いに集中してください」
「バウ、ワウ!」
どうやら致命傷を免れたらしい。
中折れ帽を被った刑務所長ハサネと、白銀の犬ガルムが治療に駆け回っている。
「クロード、視線を逸らすな。俺もすぐそっちへ行く」
エリックが、穴だらけになった鎧の残骸を引きずりながら、少数の手勢を率いてクロードへ向かっていた。半壊した肩部に乗ったテルが、何かを叫んでいる。
「クロオドッ、戻れ。ソイツはマダ死んデない!」
「な、なんだって!?」
クロードは、殺したはずのベックに向き直った。
ドゥーエは、油断なく死体を検分しようと刀を刺したが、バラバラになった肉体は、白い肉塊に変じて弾けるように逆襲した。
「……嘘だろ。この状態で生きているのか?」
「融合体ってヤツか。ベック、志を捨て、人間であることさえもやめたかよっ」
クロードが手から炎の矢を放ち、ドゥーエがムラマサで斬りかかるも、白ウジのパーツから伸びる触腕によって防がれてしまう。
散らばっていた白い肉塊はひとつ所に集まって、柿色の短髪男性に姿を変えた。
「ひひひひっ。す、素晴らしい。その精神、その技術、敬意に値します。だからこそ、私は貴方達の黄金を手にしたい」
ベックは整ったあごひげをひと撫でするや、再び雹の翼を展開した。
「黙れ、殺す」
「うるさい、死ね」
クロードが右手に雷を帯びた刀、左手に火を吹く脇差を創りあげ、十文字に切りつけた。
ドゥーエもまた、ベックの背後から刺突で貫こうとする。
しかし、触腕と吹雪によって妨げられる。
ドゥーエが振るう日本刀、ムラマサから生じる吹雪が衰えているのだ。
「さぼるなキョーダイ! お前達の憎しみはこの程度か。もっとオレを呪ってみせろ」
『この馬鹿。もう動きませんわよ、むきーっ』
『アホウめ、どんな名刀も、使い手がダメなら駄剣にも劣るぞ』
ドゥーエに力を貸す幽霊姉弟達も、見るからに薄くなって、今にも消えてしまいそうだ。
(……システム・ヘルヘイムは、燃費が悪いのか)
クロードは、レーベンヒェルム領がこれまで開発してきた珍兵器を思い出した。
飛行自転車がいい例だが、出力の高さは稼働時間の短さに繋がる場合が多い。
しかし、ドゥーエはガス欠になったのに、なぜベックは力を増しているのか?
「ふふ。ようやく馴染んで来ました。レギンというオプションを組み入れたことで、私はより効率的に生命を奪うことができる!」
「お前、レアをオプションだとっ」
『おまちくださいっ』
クロードは、一瞬怒りに飲まれそうになったが、レアの諫めを耳にした気がして踏みとどまった。
反射的にこれまでの自身の戦いを思い出す。
クロードもまた、はたきに魔力を付与することで、爆弾の代わりに使ったことは無かったか?
(そうか。きっとこの雪も同じだ。雪を作って、生命、魔力を奪う機能をつけた。だから、レアを〝組み入れ〟て効率化した……?)
何か、ツジツマが合わない気がした。
ベックは、レアを殺したではないか?
彼女の肉体は光の粒子になって消えた。
ベックが食らったのは、クロードが彼女に贈った左右一対の桜貝の髪飾りだけ。
「あ」
レアの正体は、第三位級契約神器レギンである。
故に、普段の姿が必ずしも真実のとは限らない。
「クロオド、そいつの腹ヲかっさばけっ!」
テルの叫びが耳朶を打つ。
「オレたちにとって肉体は化身、肉のドレスみたいなものだ。髪飾りを取り返すんダ。侍女はマダ、生きている!」
クロードは、両手の刀に力を込めた。
『クロードさま』
今も彼女の存在を感じている。
まだ何も終わってはいないのだ。
「テル、ありがとう! エカルド・ベック、我慢比べと行こうじゃないか。鋳造――!」
クロードが天に向けて手をかざす。
千、万を越えるはたきが雲のように生み出される。
ひとつひとつは、剣や鎧に比べるまでもない、わずかな魔力で作りだした簡単な道具だ。
狙うはひとつ、対消滅による我慢比べだ。
「こっちの手札ははたき。雪を掃除するには十分だろう?」
「わ、私の誇りを、革命を、埃と呼ぶのか悪徳貴族!」
「嘘つきには、勿体ないくらいだぜ」
翼の吹雪を打ち消すように、雲霞の如きはたきが叩きつけられた。





