第303話 不死性の打破
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クロードは、ネオジェネシスが放ってくる触手の嵐を叩ききり、雷を帯びた打刀と火を噴く脇差しで灰に変えた。
(やはり、再生はしない。それどころか、動きが鈍っている。銃弾が効いているんだ)
鉤めいた牙が生えた大口をもち、無数の触手を振るうウジ状の生物――、ネオジェネシスは、切られても殴られても刺されてもびくともしない、不死身の怪物だった。
およそ一ヶ月前の涼風の月(九月)下旬、クロード達はマルグリット・シェルクヴィスト救出の際に初めて交戦し、常識外れの生命力に驚かされた。
しかし、この時は、クロードとアリス、そして〝二人に触れた〟仲間達の攻撃が通じて倒すことが出来たのだ。
クロード達は骸を回収して、炭鉱町エグネからレーベンヒェルム領に転移した際に契魔研究所へと持ち込んだ。
この不可思議な生物の謎を解き明かしたのは、やはりというか当然というか、狂魔科学者ドクター・ビーストの娘であるショーコであった。彼女は、ゴルト討伐作戦を進めていたクロードの執務室に、研究成果を手に乗り込んできた。
『クロード、ネオジェネシスの正体がわかったわ。パパがこの世界に持ち込んだ〝原初の泥〟を真似た人造の器に、契約神器で生命を吹き込むことで誕生した、突然変異体よ』
『な、なんだって? さすが博士というべきか……』
クロードも、この世界からすれば異界である地球の知識を使って、農業革新や銃器製造を実現した。
しかし、ドクター・ビーストの場合、人間を操る焼き鏝やら、特撮の怪人めいた生物兵器やら、垂直移動可能な三次元戦闘車両やら、人間性を壊すパワードスーツやらと、規模と危険性が段違いだ。
『……ショーコ。攻略法はないのか? 僕とアリスだけが、どうしてネオジェネシスを倒せたのか知りたいんだ』
『聞いて驚きなさい、讃えなさい。ネオジェネシスの異常な回復力は、過剰なドーピングによるものよ。でも生命っていうのは面白いもので、正常に戻ろうとする力が必ずあるのよ。本来の〝原初の泥〟を肉体に取り込んだ貴方やアリスちゃん、そして私の魔力に触れることで、彼らの異常な肉体は急速に正常化するわ』
つまり、クロード、アリス、ショーコの三人限定で、ネオジェネシスの不死身が無力化されるということだ。アルファとの戦闘を振り返るに、手を繋いだり、接触することで他者も同じ力を得ることが叶うらしい。
『今、得られたデータを元に無力化装置を作っているわ。正規のアダムカドモンなら食人衝動なんで起きるはずもないし、研究が進めば害の無い人造生命に戻すことだって叶うわよ』
『でかした。それで、無力化装置っていつ完成するんだ?』
クロードの問いに、ショーコは楽しそうに図面を見せた。
『開戦には間に合うわ。ほら、見てこのデザイン、クールでしょう?』
ネオジェネシス無力化装置は、三本の支柱と金属帯で吊り下げられた球形の結晶体だった。
図面だけでも心に不安を呼び起こす、いささか前衛的な造形であるものの、スタイリッシュと呼べなくもない。
問題は――。
『……なあ、ショーコ。〝全長一〇m、重量二〇〇トン〟って書いてあるけど、この装置は、どうやって運ぶんだ?』
もはやレーベンヒェルム領名物となった、イカレた試作兵器であったことだけだ。
『……どうしよう?』
クロードは首を傾げるショーコに対し、机の中からハリセンを取り出して構えた。
『待って待ちましょう待つべきよ。そう、必要なのは魔力。クロード、丸刈りにして坊主頭にしましょう。髪には魔力が宿るから、兵士達に配れば効果があるわ』
『まずお前の髪から切ってやろうか……』
『きゃあ、悪徳貴族。おそーわーれるーっ』
……結局、配ったのは鋳造魔術で作った〝はたき〟だったが、ショーコの推測は正鵠を得ていたようだ。
大同盟兵士達はレ式魔銃の斉射や銃剣の槍衾によって、迫り来る真っ白なウジ達を足止めする。
次に、一〇台の飛行自転車隊が爆弾を投下して吹き飛ばす。
マスケット銃による反撃や、無謀な突進を試みるグループには、もう一〇台の飛行自転車隊が防御と遊撃で対応する。
大同盟が果敢に攻撃を繰り返すことで、剣林弾雨に晒された白い軍勢は、肉体の異常な再生が追いつかずに、次々と倒れて溶けていった。
もはや数の差すらも、まるで意味をなさなかった。ネオジェネシスは意識を共有できるため、チャーリーの指揮で幾度も隊列を立て直そうと試みた。しかし、パニックになった群衆が混乱した精神状態を共有したところで、いったい何の意味があるだろうか?
皮肉にも、新生命を名乗る彼らの特性こそが無防備な急所をさらすことに繋がったのだ。そして、クロードとアリスは好機を見逃さない。
「おおおおっ!」
クロードは放棄された家々の屋根を蹴りながら、稲妻のようにジグザグの跳躍を繰り返し、両の刀でウジ達を焼き払った。
「たぬたぬたぬたぁああぬうう」
アリスは黒虎に変化して、強靱な四肢で数百の群れを吹き飛ばした。その暴威は、もはや一人騎馬隊、あるいは戦車か。
二人はまるで天災のように、白い軍勢を溶かし、焦がし、討ち払った。
ここに至ってネオジェネシスの心も折れたらしい。いかに優れた肉体能力を有していても、もはやまともな行軍すらできはしない。
(無理もないか。こいつらにとって、『死』はすでに克服したはずの災厄だったんだろうから)
クロードの視界の隅で、ツインテールの少女個体、チャーリーが、ヒステリックにいきりたっている指揮官レベッカに向かって叫んだ。
「レベッカ顧問、退くよ。デルタから精神感応があった。この状態じゃ戦えない。効かないはずの爆弾や銃弾で同胞が殺されている。今はまだ、勝てない」
「……それは、この後に必ず勝つと言うことでいいのかしら」
「そう。だから、今は退く。術式――〝魔編包〟――起動!」





