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第299話 要衝確保

299


 復興暦一一一一年/共和国暦一〇〇五年 木枯の月(一一月)一〇日。

 クロード率いる大同盟から宣戦布告を受諾したブロル達ネオジェネシスは、停戦期間の終了と同時に侵攻を開始した。

 一番槍を務めたのはレベッカ・エングホルム。緋色革命軍主力はネオジェネシスによって解体吸収されたものの、新幹部に就任した彼女は、昨日の意趣返しとばかりに五〇〇〇もの大部隊を率いて北上を開始したのである。

 ただし、それはクロードやセイが予想した通りの展開でもあった。


「偵察隊から緊急連絡があったけど、まあ、目の前に大将首がいたら追っかけるよね」

「兼ねてからの作戦通り、このまま囮役を務めてもらうことになる。悪いな棟梁殿」

「問題ない。これも作戦の内だよ」


 クロード達は、部隊を二つに分けていた。

 ショーコとミズキが捕虜の輸送と作戦伝達のため、最重要拠点であるユングヴィ領首都クランへ兵三〇〇を連れて転進。

 クロード達主力は、残る五〇〇人と共に南の山を越え、ユーツ領を巡る戦いで攻略した鉱山町エグネへと入った。

 住んでいた民間人はすでに高山都市アクリアや他の領へと避難している。町は、いまや無人となった家屋と、戦闘で崩壊した廃坑が寂れた姿をさらしている。

 しかし、かつてユーツ領の産業を支えた交易拠点であるこの町には、絶対に確保しておかねばならない秘密があったのだ。

 ともあれ大同盟部隊は、監視用の使い魔を飛ばし、迎撃の準備を整えた後、広場に集まって食事を取っていた。

 コンラード・リングバリは、「わしの実力を見せるときが、遂に来たようですなあ」と不敵に笑い、直弟子らしい何人かの炊飯兵と共に石で造ったかまどへ向かった。

 彼らは調理用の大きな鉄鍋を火にかけると、小麦粉と長芋を溶いた生地をこね始めた。


(あれは、お好み焼き、いや揚げパン、なのか?)


 コンラード達は、生地の中にたっぷりの刻み野菜と溶き卵、香辛料を放り込み、油を注いで軽く揚げ、手早く形を整える。

 皿代わりのバナナの葉に盛って包丁を入れると、四つ切りのホットサンドイッチに似た揚げパンが完成した。


「辺境伯様、セイ司令。ソフィ様、アリス様。どうぞお召し上がり下さい」


 カレーに似た香辛料の、食欲をそそる匂いが鼻をくすぐる。

 クロードは、コンラードに手渡された揚げパンを口にして、感嘆の息を吐いた。もちっとした食感のあと、野菜の甘味がじゅわっと広がる。


「こいつは、美味しい」

「と、棟梁殿、分けあいっこしよう。はい、あーん」

「う、うん、あーん」


 セイが、葡萄色の目を緊張で見開きながら、千切ったパンを勧めてくる。

 食べると、幸せの――味がした。


「じゃあ、セイにも」

「う、うむ。あーん……」


 セイに食べさせると、彼女は頬を真っ赤に染めて幸せそうに頷いた。


「ああっ、セイちゃんばっかりズルいたぬ。たぬは口移しで食べさせるたぬ」

「ちょ、それは、やりすぎだろう。アリス殿、ソフィ殿も言ってやって……」


 アリスが暴れて、セイがソフィを味方に引き込もうとするが、彼女は席を外していた。

 一人離れた場所で離れた黙々と食べている、もこもことした髪の羊人サテュロスミーナを迎えに行っていたのだ。


「ね、ミーナさん。こっちで一緒に食べようよ」

「そう、ですわね」


 ミーナは、昨日の戦闘意欲が嘘のように気落ちしていた。

 恋人アンドルー・チョーカーの仇を討ち損ねたからか、あるいは世界の破滅を見たからか。大事にしていた髪も色艶を失い、彼女はソフィの肩を借りるようにして歩いてきた。


「ミーナさん、昨日は……」

「気にしないでちょうだい。一度の戦いでゴルトを討てると思ってはいないわ」


 クロードが励まそう口を開いたが、ミーナは遮った。恋人を失った少女は己に言い聞かせるように呟いて、揚げパンをもぞもぞと頬張る。


「……それに、世界が滅ぶとも思っていない。だって、クロードが止めるのでしょう? 貴方は、エステル様を助けてくれて、アンドルーが信じた人間だもの」

「ありがとう。必ず止めてみせる」


 使い魔を操る偵察部隊から、敵軍五〇〇〇が接近していると連絡があったのは、朝食を終えてしばらくした頃だった。


「セイ、ゴルトさんはいるのか?」

「いいや、大斧を持った男や、熊にまたがった男は確認できなかったそうだ。棟梁殿と戦って、怪我が酷かったからな」


 あるいは、とクロードは思案する。

 今ゴルトは、緋色革命軍の主力とネオジェネシスとの統合を進めているのかも知れないし、ひょっとしたら別の部隊を指揮しているのかも知れない。

 ともあれ兵数の差こそあるものの、希望は見えてきた。


「棟梁殿も無理はするなよ。まだ辛そうだ」

「ソフィが昨夜、看病してくれたから万全さ。ちょっと筋肉痛が残っているだけだよ」

「ゴルトさん、強かったたぬね」


 アリスは、狸猫姿でうんうんと頷きながらクロードの肩に腰掛けると、揉むように肉球でポンポン叩き始めた。

 他の娘達はその様子を見ながら、目配せをしあった。


(皆さん、怪我はともかく)

(棟梁殿の筋肉痛はなあ)

(うん、アリスちゃんとミズキさんを止めたからかも)


 いくら魔法の補助があったといえ、弾丸を叩き切って、全長五mの巨体を抱くのは、容易なことではなかっただろう。


「今回、棟梁殿の配置は後方だ。無理はさせないとも。ソフィ殿とミーナ殿にも、昨日に引き続き大役をお願いすることになるが……」

「大丈夫! まかせてよ」

「無茶ぶりは、アンドルーで慣れているわ。作戦を事前に説明してもらえるから、むしろ楽なくらいよ」


 ソフィは豊かな胸を叩き、ミーナは角を揺らして小さく舌をだした。


「……細工は流々仕上げを御覧じろ、と。いつでも来るがいい、ネオジェネシス。棟梁殿がいて、我らがいる。たかが一〇倍、物の数ではない!」


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◆上野文より、新作の連載始めました。
『カクリヨの鬼退治』

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