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第297話 真相と約束

297


「ボス子ちゃんは、世界樹に皆を救って欲しいって願ったんだよね。その時、生き残っていた人や契約神器はどうなったんだ?」


 クロードが慈しむようにボス子の額を右手で撫でると、彼女は怖れるように目をぎゅっとつむってささやいた。


「わたしの中でひとつに溶けて、眠ってしまったわ」

「……それが、救いか」


 クロードは、左の掌を握りしめた。

 世界樹は、ボス子は、そういったカタチでしか救うことができなかったのだろう。


(でも、だとしたら、つじつまが合わない点がある)


 クロードは、ボス子との対話を胸の中で何度も繰り返しながら、推理を続けていた。

 ありあまる命と神器を飲み込んだ彼女は、もはや神様みたいなものだろう。

 けれど、言葉の節々から読み取るに、自身のことは、あまりわかっていないようだ。


(ボス子ちゃんは言った。『僕達のいる世界で、過去イスカ現在ボスこになってしまう可能性は少なくなった』って。――僕や部長や他の演劇部員が、破滅に至る道筋を壊したって。じゃあさ、こうは考えられないか?)


 ボス子は、世界樹に祈ったのだ。『皆を救って欲しい』と。


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(ボス子ちゃんの願いか、彼女に取り込まれた人命や神器の願いか。……いいや、今となっては、どうでもいいことか)


 異世界召喚の真相が、ボス子の言うとおりに傍迷惑な心中志願者の八つ当たりや、本物のクローディアスの悪意だったとしても、クロードは既に――選んだ――のだから。


(僕は、仲間たちと共にファヴニルを討ち、レーベンヒェルム領とマラヤディヴァ国を解放する。そして……)


 未来へと進もう。

 たとえその先に待つものが、世界の終わりであったとしても。


「ボス子ちゃん、あの宝石をもちこんだ人に心当たりはあるかい?」


 クロードの問いかけに、ボス子は鼻を鳴らして湿った声で答えた。


「うん、おにいちゃん。第一位級契約神器ガングニールってお姉さんが逃がした人達がいるの。だいたい一〇〇人くらいだったかな、彼らだと思う」


 ――想像以上に多かった。


「凄い神器なんだな……」


 前回の神焉戦争ラグナロクを生き延びたテル曰く、最強の盟約者であった〝黒衣の魔女〟が使っていた契約神器こそ、ガングニールだったか。


「わたしは、苦手だったなあ。いっつも難しいことばっかり言うんだよ。最後に会った時も高笑いしながら、『姉キャラが妹キャラに負けるわけないだろう。あいるびーばっく』とか言って何処かへ消えちゃったし」


 クロードはこめかみを押さえた。……姉キャラとはいったい何なのか。なんで半端な英語なのか。難しいというより、意味不明だった。


「その、他にヒントはないかい? ほら、ひとつだけ例外の世界があるって言っていたじゃないか」


 ボス子は、クロードの右手を取って、抱きしめるように握りしめた。


「うん、わたしが見た並行世界の中でひとつだけ、〝神殺しの革新者〟と呼ばれた人だけは、終末に至る道を乗り越えて、すべてを丸く収めて旅立ったよ」


 彼女の熱が伝わってくる。その例外は、救いであり、希望だ。


「やっぱり、居たんじゃないか。その人は、どうやったんだい?」


 ボス子は、首を横に振って答えなかった。

 答えられない理由があるのか、答えたくないのか。


「いいさ。神殺しだか革新者だか知らないが、そいつに出来て、僕に出来ない理由はないさ。僕は、レアやソフィ達と一緒に必ず終末を乗り越える」


 クロードが大切に想う、すべての命がかかっている。やり遂げるしかなかった。


「そして、いつか必ず部長達と一緒にキミを助けに来るよ。だから。待っていてくれ、ボス子ちゃん」


 ここは、並行世界の果て。

 もう終わってしまった終焉の地。

 雪が降り続ける氷の世界。


「うん、うんっ」


 ボス子は悲しそうに、期待するように、哀れむように、いとおしむように、くるくると表情を変えて、最後に微笑んだ。


「もう一度会いに来てね。クロードおにいちゃん」


 次の瞬間、クロードは彼女が抱いた自身の腕が、寄り添った肉体が、雪の欠片となって崩れるのを自覚した。奇跡の時間は、終わったのだ。


(ああ、もう、ファヴニルと相討ちでいいと思っていたのに)


 たとえあの宿敵を討ち果たしたとしても、次に待ち受けているものが終末戦争ならば、おちおち死んでもいられない。それに、再会の約束を契ってしまった。


(しかも、問題は、覚えていられないことだよ。いいや、たとえ忘れても必ず)


 クロードは刻み付ける。心に、想いまでは失わないように。


(ああ、問題といえば、あとひとつ)


 ボス子は、クロードを何度もおにいちゃんと呼んだ。

 けれど、よくよく計算してみると、今は彼の方が年下ではなかろうか。


(でも、いっか。部長の家族みたいなものだし。僕にとっても妹みたいなものだ)


 そんな呑気なことを考えながら、並行世界から来た異邦人の意識は、虚空へ消えてゆく。


「さようなら、〝神殺しの革新者〟になり得たひと。あんな奇跡は起こらない。貴方はもうひとりの貴方ほどに恵まれてはいない。でも、信じるね。クロードおにいちゃん……」


 最後に、そんな言葉が聞こえた気がした。

 そうして、クロードの意識は世界を渡る。

 理に従い、記憶を取りこぼして。


(でも、約束だけは、忘れない!)

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◆上野文より、新作の連載始めました。
『カクリヨの鬼退治』

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― 新着の感想 ―
[良い点] 最新話読ませて頂きました! 見えて来ましたね、書籍版とは違うクロードの新しい戦いの続きが! ファヴニルを倒しても彼の戦いは終わらない、しかもより厳しい戦いが待っている。でもクロードは足掻き…
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