第288話 二人の巫女
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「お姉さま。この首飾りが見えますか。これは、あの方より授かったもの。いかに貴女の力が優れていようとも、この戦場でコレに勝る魔術道具は存在しません!」
レベッカが燃えるような赤髪を波打たせ、輝く装具を見せつけながら豊満な胸をそらして高笑いをあげた。彼女の黒い瞳もまたソフィ同様に青く染まっている。
『平行世界を覗き見て、最善の未来を演算して実行する』――それこそが、狂ってしまった少女が持つ異能であり、必勝パターンだった。
「まずは、お姉さまの魔術を打破して銃を修復します。この開けた戦場ならば、兵の数こそがものをいうのですわ」
レベッカの着眼点は、間違っていなかっただろう。
しかし、ソフィは知っていた。そんな都合のいい未来なんて、絶対に見つけ出せないことを。
「うん。だから、わたしが来たんだよ」
ソフィは、海棲生物じみた魔性へと変化した兵士達の攻撃を杖でいなし、淡々と告げた。牙を逸らし、爪を払い、柔らかそうな関節部を徹底的に叩く。
ソフィが先ほど説明した〝濡らす〟という言葉は、いわば簡潔なたとえだ。
レ式魔銃の開発者であった彼女は、劣化複製したマスケット銃の構造をも完全に理解していた。故に銃身内部に送り込んだ霧を劇薬化させることで、内部の魔法陣や重要部品を狙い撃ちで破壊した。
今となっては、いっそ全ての銃を新品に取っ替えた方が早いだろう。
「ウソダ。こんなの嘘だ。未来が見えないなんて、あり得ない。お姉さま、そのうらぶれた杖が何だというのです? ササクラ・シンジロウが使っていた枯れ枝に、どうしてそのような並外れた力があるというのです?」
レベッカはグリタヘイズ村の生まれであり親戚でもあったことから、かつてソフィが師事していた老剣客が使っていたことを覚えていたのだろう。
「この杖はね、みずちって言うんだ」
ソフィは、ルンダール遺跡で杖と一緒に託された、折り鶴にこめられた言葉を思い出した。
「……お師匠様が激励を添えて贈ってくれた大切な遺品だよ。製作者は、フローラ・ワーキュリー・ノア」
ソフィが名前を口にした瞬間、レベッカだけでなく、人型を喪失したはずの兵士達までがどよめいた。
フローラとは、御伽噺に出てくるような名前だ。神焉戦争の後、黄昏の時代を生きた人類を支えた、ガードランド聖王国史上最高の魔道鍛冶師ハロルド・エリンの母君。
自らも伝説に謳われる無数の神器や武具を創り出し、神域に達した御技は、人類の宿敵たる黒衣の魔女にすら迫ったとされる。
「ふ、ふ、ふふふふふ。愚かですね、お姉さま。ちょっと優れた杖を得たからといって調子に乗って、まったくお可愛らしいですこと。まだ状況を把握できていないのですか。忘れてはいませんか、あの方の力を使えばいくらだってひっくり返すことができる!」
「そうかもね。でも、レベッカちゃんも忘れないでね。ここには、クロードくんがいるよ?」
レベッカの虚勢じみた脅迫に対し、ソフィは冷静に事実を指摘した。
彼女がもしもファヴニルの力で奇跡を起こせば、緋色革命軍兵士達が持つ全ての銃を一新するどころか、クロードを除く大同盟兵士達を一撃で殲滅することすら可能だろう。
しかし、……無意味だ。レベッカが寄生した力を完全解放にするということは、同時に真なる盟約者たるクロードとファヴニルとの繋がりを全開にすることを意味する。
その時こそソフィが愛する青年は、『時の巻き戻し』という手札を得て、偽りのパートナーたるレベッカが振るったインチキをすべて〝無かったこと〟へと還すだろう。
「なぜっ! なぜです、お姉さま。わかっているのでしょう。ワタシ達の命は、あの方に捧げるためにある。ワタシ達はその為に生を受けた。無意味な世界を壊すため、いつわりの正義を砕いて、愛しき邪悪をなす為に。〝世界を革命する〟為に、血を受け継いだ巫女。それこそがワタシ達だ!」
「レベッカちゃん、お師匠様は、ササクラ先生は、杖と一緒に遺言を残してくれたよ。
――さいごのでしへ わがつえをたくす
ちのさだめにあらがえ こううんをいのる――
もしもあの恐ろしい存在がグリタヘイズの龍神様だったとしても、いいえ、だからこそ、邪悪に堕ちた竜を鎮めるためにわたしは舞うよ」





