第286話 現状把握と三つの条件
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討伐作戦開始前に、具体的な計画を練るにあたって、セイは告げた。
『棟梁殿、聞いて欲しい。邪竜の玩具だったダヴィッドと、緋色革命軍艦隊をユングヴィ領沖で討って、我が軍は一見、盤石に見える。でも、実際は薄氷を踏むような危うい状況なんだ』
クロードも彼女に同意して頷いた。
『わかってる。僕たちヴォルノー島大同盟には、マラヤ半島じゃ、ユーツ領南西部以外に根拠地がないからな』
クロードが、亡きアンドルー・チョーカーらと共に奪回した高山都市アクリア。
かの町を中心とする山岳地方は、守るに易く攻めるに難い天嶮の地だ。緋色革命軍の勢力圏に穴を空けて、防衛戦を敷く上には、極めて有用な重要拠点だった。
参謀長ヨアヒムが立案した当初の計画では……。
大同盟は、東のユーツ領に緋色革命軍を引きつけた上で、艦隊を派遣してユングヴィ領を西側から攻略し、緋色革命軍を南北に分断する予定だった。
『……僕は、焦っていたのか』
ブロル・ハリアンが第三勢力ネオジェネシスを旗揚げして、大同盟は彼らとユーツ領を分割することになった。
計算違いではあったものの、ここまでは予定の範囲内だった。
その後、大同盟はユングヴィ領沖で大勝をおさめるも、緋色革命軍がマラヤ半島で非道の限りを尽くしているのを知り、〝肝心要のユングヴィ領攻略が終わる前に〟同胞救援の為に戦線を拡大した。
クロードは、救援活動に追われるあまり各隊が分散するのを知りながらも、これを見過ごしていた。
『棟梁殿、別段、誰かのせいというわけではない。ゴルト・トイフェルがやり手だっただけだ。目の前に苦しんでいる仲間がいれば、助けたいと思うのが人情だろう。おそらく、我が軍が国主を救出するところまでゴルトの掌の中だろう。緋色革命軍ダヴィッド派は軟弱にすぎて、士気高揚した我が軍は破竹の快進撃を続け、……奴の罠へと招き寄せられた』
突出した大同盟の部隊は、ゴルトの神業めいた電撃戦で各個撃破され、レーベンヒェルム領軍を中心とした首都攻略部隊とチョーカーが遺した部隊以外は、作戦行動が不可能になっている。
『ゴルトは鮮やかに勝ちすぎた。ダヴィッドが敷いた恐怖政治で、民衆は怯えきっている。我々という救いの手が見えたかと思いきや、連戦連敗だ。人間が死を恐れるのは当たり前だろう? このままでは、民衆は嘆きながらも緋色革命軍になびくだろう』
セイという少女は、クロードと出会う以前、戦場における偶像だった。
彼女は、民衆が望む姫将軍という役柄を演じ、幾度裏切られてもその理想を体現するという、強迫観念にも似た生き方を貫いていた。
かつての少女は、それが信念であり、己の強さだと……思い込んでいた。けれど、今の彼女は弱さを受け容れた。誰よりも弱かった思い人と共に、茨の道をここまで歩いてきたのだ。
だからこそ、セイは人間の心が、強くも脆くもあることを知っている。
『ゴルトの目的は、最終的にはネオジェネシスとの合流と見ていいだろう。常勝不敗の伝説を築かれたままブロル・ハリアンの元へ辿り着かれた場合、下手をするとマラヤ半島全体が再び敵の手に落ちる』
大同盟の戦況は、大局的には、そう悪いものでは無いのだ。
もはや緋色革命軍に艦隊は無く、兵力も全盛期から見れば微々たるもの。ネオジェネシスと組んだとしても、ヴォルノー島に攻め寄せる力はないだろう。
ただし、時間制限付きだ。ほんの少し前のように、海を挟んで膠着状態に陥ってしまった場合、クロード達大同盟は完全回復したファヴニルに蹂躙されて終わる。
『ゴルトの行方は、ハサネ刑務所長が公安情報部の全力を尽くして追っている。具体的な勝つための策も、ヨアヒム達参謀部が考えてくれたよ』
討伐作戦は、極めて危険性の高い博打じみた代物だった。
そのため大前提として、三つの条件を達成する必要があり、不可能ならば作戦自体を中止するよう但し書きがついていた。
ひとつは、奇襲を仕掛けること。
ひとつは、クロードがゴルトをひきつけること。
『最後のひとつは、ソフィ殿とアリス殿が鍵だ』
『わたし?』
『たぬっ!?』





