第284話 奇襲と意地
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クロードはゴルトと交戦し、見事に地へと叩き伏せた。
彼は追い打ちをかけようとアリスの背から飛び降りるも、緋色革命軍の兵士達が一斉にマスケットの銃口を向ける。
「くうっ、ゴルト司令を援護しろ」
「クローディアス・レーベンヒェルム、覚悟っ」
マスケット銃の弾薬が生み出す轟音が響き渡り、雨上がりの湿地を揺るがす。
「よしなさい。先に言ったでしょう。そいつに飛び道具は効かないっ」
「鮮血兜鎧――起動!」
紅髪の鬼女レベッカは制止したものの、焦った友軍の銃声に飲まれて消えた。
クロードの両腕から血のように赤い液体がしみだして、自身に雨あられと撃ち込まれた銃弾を全て反射した。
緋色革命軍が事前にかけていた矢避けの魔術が、ガラスの砕けるような音をたてて破れ、銃兵達が鮮血を噴き出しながらドミノ倒しのように倒れ伏す。
「な、ならば魔法だ。ゴルト司令を助け出すんだ」
「邪竜の盟約者といえ、怖れるな。我らの魔術で討ち果たせ!」
魔術師部隊は、半ば恐慌状態になりながらも魔術文字を綴り、火球や氷柱といった魔法攻撃を放った。
緋色革命軍を率いるゴルトと、代表のレベッカは幾度も兵士達に伝えていた。大同盟の首魁であるクロードに遠距離戦を挑むな、と。
けれど、心の支えたるゴルトが倒れたことで、末端の兵士達は冷静さを失っていたのだ。
「鋳造――〝八龍。干渉場形成。鮮血兜鎧全力稼働」
クロードは、革製の短冊が幾重にも繋がれた日本式甲冑を創り出して身につけた。
八柱の龍が描かれた胸板や大袖に、新たに魔術文字と魔法陣が刻まれる。
クロードに見事衝突した攻撃魔法は、一度無色の魔力弾に変換され、先ほどの銃弾と同様に射手へ向けて反射された。
緋色革命軍の魔術師部隊は、自ら放った魔法攻撃によって昏倒した。
「やめいやめい。やるだけ無駄だ!」
クロードには、遠距離からの物理攻撃も魔法攻撃も通じない。
倒れたはずの偉丈夫が、青ざめた部下達を大声で一喝した。
「ゴルト・トイフェル……」
「こいつの相手は、おいがする。矢避けの加護と、対魔術障壁をかけ直せ。槍隊、構えろよ、敵が来る!」
ゴルト・トイフェルが大声で叱咤すると同時に、緋色革命軍の東西を守る部隊に銃弾が殺到した。
矢避けの魔術が音を立てて砕けるが、再度かけ直される。
けれど、背後の山から飛び出した大同盟の兵士達は、緋色革命軍が防戦に切り替えるわずかな隙を突いて左右両翼に切り込んだ。
人間は基本的に前方しか見ない。攻勢に出たときはなおのことだ。死地に誘い出された緋色革命軍の側面は死角となっていた。
「棟梁殿に続け。敵軍を包囲殲滅する」
「メーレンブルク領で生き延びたのは何のためか。ここが命の張りどころよ」
ルクレ領とソーン領の残存兵力を集めた奇襲部隊。彼らを率いて先頭に立つのは、薄墨色の髪の姫将軍セイと、仇討ちに燃えるコンラード・リングバリだ。
セイとコンラードは銃撃と魔法を組み合わせて鉄壁の防御に穴をあけ、剣と槍を振るって緋色革命軍を攪拌してゆく。
「やはり兵を伏せていたか。さすがはあの邪竜が入れ込むだけのことはある!」
ゴルトは、大斧を力任せに下段から切り上げた。
クロードは身を凍らせるような斬風の中を接近しつつ、両手の刀で左右から斬りつける。
ゴルトは、迫る剣撃に迷うことなく踏み込んで肉薄した。
同時に、クロードもまた一歩も引くこと無く前進した。
痩せぎすの青年と牛を思わせる偉丈夫は、まるで示し合わせたように、互いの額を叩きつけた。
頭突きで血を流しながら、二人は口を三日月状につりあげた。
「面白い、まっこと面白いぞ。それでこそ戦う価値がある」
「ゴルト・トイフェル、お前の戦争は、僕が終わらせる」





