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第274話 善意と策略

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 アンドルー・チョーカー。

 彼の指揮信条は、「高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処する」ことに集約される。

 つまりは、行き当たりばったり。大局を見ず、未来を知らず、ただただ一戦にのみ集中する。

 但し――、刹那の判断力においては、余人の追随を許さなかった。


「チョーカー。緋色革命軍マラヤ・エカルラートの増援だ。敵はおよそ三〇〇〇。南北西の三方向から迫っている。東の渓谷に後退するか?」

「こちらは一〇〇〇。真っ当に戦っては勝ち目はありませんわ」


 チョーカーと共に部隊を率いるコンラード・リングバリと、彼の恋人である羊人サテュロスミーナの進言は一見、合理的だった。

 だからこそ、チョーカーは罠であると勘づいた。


「ミーナ殿、魔術に頼らず肉眼で目視して欲しい。東の渓谷の崖上には、まだ敵の工作兵が残っているはずだ」

「……本当、ですわ」


 チョーカー達が本来追っていた敵、緋色革命軍ダヴィッド派は、先ほど渓谷内で何者かの罠にかかって撃滅された。

 部隊の探査魔術には全くひっかからなかったが、オペラグラスで見れば緋色革命軍の軍服を身につけた兵士達の姿があった。


「チョーカー、どういうことだ? 先の攻撃は、我々を狙ったものではないのか?」

「リングバリよ。狙われたのは、ダヴィッド派と小生達の両方だ。敵の陣頭に立っている大斧をかついだ男は、ゴルト・トイフェル。緋色革命軍の総司令官で、非ダヴィッド派を束ねる大将だ」


 緋色革命軍は、元々四人の実力者と彼らを取り巻く派閥によって成立していた。即ち――。


 邪竜ファヴニルの玩具、〝一の同志〟ダヴィッド・リードホルム

 異世界からの来訪者、〝狂魔科学者〟ドクター・ビースト

 エングホルム領の簒奪者、〝傾国の悪女〟レベッカ・エングホルム

 そして緋色革命軍の戦争家、〝万人敵〟ゴルト・トイフェル


 の四人である。

 しかし、クロードが戦争序盤にマラヤ半島に上陸、ベナクレー丘で大敗するもドクター・ビーストを討ち取ったことで、四柱のひとつが欠けた。

 この一件がダヴィッドを増長させた。彼はドクター・ビーストが残した遺産を奪い去り、レベッカとゴルトを失脚させて独裁体制を敷いた。結果、緋色革命軍は欲の皮が突っ張った無能ばかりが専横して、元々危うかった組織は大きく損なわれた。

 ダヴィッドは、クロードの快進撃とヴォルノー島大同盟の成立を怖れてゴルト達を復権させたものの、自らはドクター・ビーストの遺産を流用した親衛隊を組織するなど地位と権力に固執した。

 政策はめちゃくちゃで、粛清を繰り返し、佞臣奸臣ばかりを重用し、浪費を重ねる……。そんな愚かな独裁者を、緋色革命軍の比較的まともな構成員達が見限ったのも自然なことだろう。

 たとえば、十賢家に怨みを抱いて改革を志したブロル・ハリアン。

 たとえば、兄の遺志を継いで貴族の革新を望んでいたマルグリット・シェルクヴィスト。

 ブロルは第三勢力ネオジェシスを旗揚げし、マルグリットは大同盟に参加した。

 しかし、あくまで緋色革命軍で戦うことを選んだヨハンネス・カルネウスなどは、ゴルト・トイフェルやレベッカ・エングホルムに希望を見出した。

 ダヴィッド亡き今の緋色革命軍はダヴィッド派の残党と、非ダヴィッド派の二つに分かれ、水面下では争っているとさえいって良かった。


「ゴルト・トイフェルだと? 大同盟でも行方が掴めなかった大物が、なぜマラヤディヴァ最北のメーレンブルク領にいる? 最重要都市であるユングヴィ領首都クランか、根拠地であるエングホルム領の領都エンガにいるのではなかったのか!?」


 コンラード・リングバリの疑問はもっともだろう。

 最大戦力を、いったいなぜ最北の地に残しているのか。


「たぶん、コトリアソビがやり過ぎたからだ。あの戦争大好き男ゴルト・トイフェルも、まさか邪竜の玩具ダヴィッド・リードホルムと、海戦の修羅ヨハンネス・カルネウスが傷一つつけられずに敗北するとは、思っていなかっただろうよ」

「う、む。それは確かに……」


 ダヴィッド・リードホルムは、マラヤディヴァ国を地獄に変えた邪竜の代行者であり、ヨハンネス・カルネウスは間違いなく一流の提督だった。

 クロードは、仲間達の協力や献身に助けられ、最小の被害で強敵を打ち倒したのだ。

 

「ゴルトの奴は、メーレンブルク領攻略の指揮を執っていたんだろうよ。だが、領都メレンを陥落させた途端にコトリアソビが向かっているのを知った。ダヴィッドの外道なら転移魔法の巻物なりで逃げ出すだろうが、ゴルトの奴はそれを逆に好機と見たんだ」

「好機って、アンドルー。どう見ても危機じゃありませんの」

「ミーナ殿。メーレンブルク領に残された国主を救出すれば、大同盟の士気は極限まで上がるだろう。ユーツ領の惨状を思い出して欲しい。小生達は、ただでさえ緋色革命軍に苦しめられた同胞を見てきたんだ。それぞれの部隊が助けようと死力を尽くす。その結果、……戦線が広がりすぎている」

「「あ」」


 アンドルー・チョーカーは大局を見ず、未来を知らず、ただ一戦にのみ集中する。

 しかし、刹那における集中の深度は、他の追随を許さない。


「小生達がメーレンブルク領に残ったのも、領都メレンに取り残された人々を救いたかったからだ。コトリアソビにあてられて、大同盟に蔓延まんえんしたお人好しが仇になった。ゴルトの奴は好機を待ち続けていた。代表たるコトリアソビが国主と共に戦場を離れ、司令官セイは首都攻略に忙殺されて、個々の部隊は善意から進み過ぎた。おまけに一〇日後には、ネオジェネシスとの停戦が切れるから、予備兵もそちらに回して――くそっ、それか!」


 チョーカーは、敵の真意に気づいた。

 緋色革命軍は、戦線を過剰に拡大してしまった大同盟を各個撃破し、ネオジェネシスと合流して一気呵成いっきかせいに逆転を目指すつもりだ。

 こんな策略を実行に移す輩は、ゴルト・トイフェルだけだろう。

 個の武略を以て万の軍に匹敵する。〝万人敵〟のあだ名は伊達ではない。


「ふん、北の部隊だけ行軍が遅い、練度がいまいちだな。あそこを突破しよう。なんとしても、コトリアソビに伝えなければならん!」

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◆上野文より、新作の連載始めました。
『カクリヨの鬼退治』

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