第271話 大同盟と緋色革命軍
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大同盟と緋色革命軍が激突する戦場で、全高一〇mはあるだろう、亀に似た異形の巨人がそびえ立った。
第五位級契約神器たる巨人は、貴族の家紋が彫られた手足を振り回し、甲羅部分にハリネズミのように据付けた何百という砲台を見せつけながら吠え猛った。
「役立たずの愚昧どもめ。取り立ててやった温情も忘れおって。もはや要らんぞ。我が砲撃のための生贄となれ」
亀巨人は、アリ型のパワードスーツを身につけた仲間の兵士達を踏み潰し、罵倒を浴びせかけた。人命と恐怖を食らっているのか、屹立した巨躯が、禍々しい血の色に輝く。
「相手はスライムに膝をつくと評判の悪徳貴族に、それに負けた寒門出身のアンドルー・チョーカー、無能なルクレ侯爵の腰巾着だった平民将軍ではないか。失格貴族と貴族ですらないゴミどもにも勝てないならば、お前達は燃料がお似合いだ。古い王家にすがる苔どもは、真に革命者たる絶対正義進歩大将軍、ボルイエ・ワレンコフ伯爵が成敗してくれる!」
鮮血に染まったボルイエの大仰な名乗りに、クロードたち大同盟軍が受けた衝撃は大きかった。
理由のひとつは彼のイカレた粛清劇だが、もうひとつは一応は平等をうたう緋色革命軍を率いているのが、伯爵であるという皮肉な真実だ。
緋色革命軍は掲げた看板こそ平等を謳い、古く凝り固まっていた一〇賢家に挑んだことから、ブロル・ハリアンのように貴族の理不尽な悪行に苦しんだ者や、ヨハンネス・カルネウスのような正当に評価されなかった在野の賢人達が集まった。
しかし、代表である〝一の同志〟ことダヴィッドは、司令官であるゴルトとは異なり、こういった草の根の志士達の献身に報いることはなく、むしろ賄賂を弾んだ家柄と財力だけがとりえの腹黒い貴族達を積極的に厚遇した。
結果、緋色革命軍ダヴィッド派は、貴族の義務だけを放棄した、最低限のモラルすら持たない門閥貴族とでもいうべき腐敗層が支配する政治集団に堕落した。
「……小生、本心から言おう。大同盟に来て良かった。お前のような無能貴族のもとで戦うなんてゾッとする」
「先代侯爵は決して出来た方では無かった。しかし、ワレンコフ。貴様のような愚物に、私の過去と現在の主達を愚弄されるいわれはない!」
アンドルー・チョーカーとコンラード・リングバリは知っている。
大同盟は身分を問わず人材を広く集め、時には彼ら二人のように敵だった者すらも迎え入れた。
それは、指導者であるクロードが地球という異世界出身で価値観が違ったこともあるし、彼の地盤となったレーベンヒェルム領が『モノがない、カネがない、ヒトすらも殺されていない』という散々な状況から始めたことも大きいだろう。
結果、逆転現象が起きた。
クロードをはじめ、ヴァリン公爵や元々開明的だった大貴族が集まる大同盟では、民草は身分に囚われずに自由を謳歌して……。庶民の味方をうたう革命軍が、最低最悪の貴族そのものの振る舞いで、民草を虐げている。
それは眼前で引き起こされた、血生臭い粛清劇を見ても明らかだ。
クロードは、侍女のレア、カワウソのテルと共に山肌から歩み出て、処刑に勤しむ巨人に向かって声をかけた。
「ワレンコフ伯爵。緋色革命軍はいちおう平等な社会を掲げていなかったか?」
「その通りだとも。愚民共が扱うには勿体ない財産を共同所有し、我らのような選ばれたエリートが有効活用する。これこそが平等な社会というものだろう!」
ハリネズミのような砲台を背負った亀巨人から響く、ボルイエ・ワレンコフの声音には迷いはひとかけらも見られず、クロードは奥歯を噛みしめた。
(平等を謳う思想や理論、社会体制が一番平等じゃなかった。なんてよくあることだけどね)
薄給で暮らす一般参加者が、寒風の中無料奉仕でビラや機関紙を配るのを尻目に、何十年も顔ぶれの変わらない幹部が豪邸で贅沢三昧にふける政治集団がある。
ブラック企業の相談を受け付けますと喧伝しながら、所属する本部職員が給料未払いで苦しむ政治集団だってある。
果ては、独裁者とわずか数%の取り巻きが富を独占する軍事独裁国家が、数えきれない人命を轢き潰しながら嘘八百の平等を謳いあげる。
クロードの知る世界ですら、そんなどうしようもない例には事欠かないのだ。この世界に同じような存在が生まれたとしても、いったい何の不思議があるだろうか。
「クローディアス・レーベンヒェルム。最後に真理を教えてやろう。国や愚民のために我らがいるのではない、我らの理想のために国と愚民がいるのだ」
「ボルイエ・ワレンコフ。逆賊たる緋色革命軍に参加したお前はもう貴族ですらない。ただの救いようのないテロリストとして法の裁きを受けろ」
アリ兵士達を始末して、魔力の充填が完了したのだろう。亀巨人は身を屈めて砲撃態勢をとった。
クロードとレアもまた魔術文字を綴って、迎撃の態勢を整える。
「裁くのは、絶対正義進歩大将軍たるこの我だ! 術式――〝石榴雨〟――起動!」
「レア、一緒にやろう。鋳造――雷切、火車切」
「はい、領主さま!」





