第263話 再戦、クロード対ダヴィッド
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大同盟軍艦隊は、緋色革命軍艦隊の眼前を横切りながらありったけの砲火を浴びせかけた。
緋色革命軍艦隊も応戦しようとするも、指導者である〝一の同志〟ダヴィッド・リードホルムが無力化されたことに動揺し、回避行動すらままならずに次々と大破炎上した。
クロードは、燃える敵艦隊が巻き起こす熱風に吹かれながら、指輪のはめられた手を胸に当てた。
(時間を巻き戻したい。これが、僕がかつて抱いた夢か)
クロードは、泣き出したくなった。
(ファヴニル、認めるよ。ずっと意地を張ってきたけど、僕は最初お前との出会いを、なかったことにしたかった。時間を遡って、部長や仲間と過ごした黄金の時間を取りもどしたかった。失ってしまった思い出をいつまでも抱きしめていたかったんだ)
なんという未練、なんという未熟さか。
ずっと前を向いていたつもりで、クロードが始まりに抱いた渇望は、どうしようもない過去への希求だったのだ。
しかし、振り返ってみれば納得だ。
この世界に来たばかりの頃、クロードはずっと失われた過去ばかりにこだわっていたのだから。
領主としての自覚が芽生え、未来へ進もうと決めたのは――。皮肉にも〝赤い導家士〟と戦って、ダヴィッド・リードホルムを退けた、まさにその時ではなかったか。
「ひょうっ。クローディアス・レーベンヒェルム!」
全身を黄金色に塗りつぶされた異形の竜人が、背負った蝙蝠じみた金属翼をはためかせ、突撃してきた。
クロードもまた、彼を迎え撃つべく船を飛び降りて、海の上を走る。
砲火渦巻く艦隊の狭間で、邪悪なる竜ファヴニルに見初められた二人の男が激突した。
「クローディアス、貴様だ。貴様さえ殺してしまえば、まだ取り返しがつく。目障りなんだよ、この偽物の領主がぁっ」
「なんだダヴィッド。偽物の革命家らしい口をきくじゃないか」
「ひょうっ。何が偽物だ、何がインチキを消した、だ? オレは今でも本物の、最強で無敵の革命家だ。受けるがいい、神聖にして至高たる革命の一撃を!」
「鋳造――」
クロードは、迎え撃つとばかりに虚空へ手を伸ばした。
時間を巻き戻すといっても、巻き戻す時間が長くなればなるほどに、術に集中する時間も比例して長くなる。
元よりこれは、インチキを消すためだけの手段に過ぎない。ここからは、真っ向勝負で決着をつける。
「八丁念仏団子刺し」
クロードは、ダヴィッドが叩きつけた竜の爪を模した刃を顕現させた刀で受け止めて、返す刀で切り落とした。
「う、嘘だ。オレの正義が。崇高なる革命者であるオレには、誰も逆らっちゃいけないんだよ」
「うるさい。その妄執でどれだけの人を殺した?」
クロードは、攻勢に出た勢いのまま回し蹴りを放つ。
ダヴィッドは左の籠手で防ごうとしたようだが、受け止めきれなかったようだ。豪奢な金細工の装甲が熱した飴のようにひしゃげて砕けた。
「この国を、世界を、オレ様が救ってやろうと言うのだぞ。土下座して敬うのが当然だろうが!」
それを見たダヴィッドは、接近戦を怖れるかのように後退、龍を模した鎧から青い雷光を放ち、手のひらから赤い炎の渦を噴き出した。
「貴様がやったことは、人々を騙して、脅して、殺して、酒池肉林に耽っていただけだ。鋳造――雷切。火車切」
クロードは雷切で創りあげた雷のカーテンで雷光を受け止め、火車切で炎の渦を巻き取った。
手の中の八丁念仏団子刺しを中空に投じて、大小二刀に持ち替えながら、舞うように切りつける。
狙い通りに、竜人の右腕と両足の装甲を切り裂いて海へと沈めた。
「ひょうっ。お、オレは革命家なんだぞおっ」
ダヴィッドは鼻水を垂れ流し、顔をぐしゃぐしゃにして泣き叫びながら、鎧の翼から巨大な金色の剣を掴み出した。
「粛清だ粛清っ、つぐないに死ねえ」
「罪人は貴様だ、テロリスト!」
クロードは雷切と火車切を投じて、空中から飛来する八丁念仏団子刺しを掴んだ。
ダヴィッドが振り下ろす金色の剣に、真正面から挑んで真っ二つに両断した。
「……弱くなったな」
クロードは、かつて試作農園でダヴィッドに絶体絶命の窮地まで追いまれたのだ。
あの時は最大の切り札を使ってなお、眼前のテロリストを討つことも捕らえることも出来なかった。彼にはそれだけの胆力と熱意があった。
けれど、今やダヴィッドの飢えた執念は肥えた妄執へと堕落し、研ぎ澄まされていた闘志は錆びた傲慢へと朽ちていた。
「ダヴィッド・リードホルム。今の貴様は、僕がこれまで戦った誰よりも弱い」
「黙れっ、オレを哀れむな。ひょうっ。そうだ、オレにはまだ切り札があった」
ダヴィッドは、もったいをつけるかのように、砕けた鎧の中から、竜を象った像を取り出した。
「レベッカ、こいつの力を封印しろお」
竜像から、赤い光が天に向けて立ち昇った。
クロードは、雷切と火車切を呼び寄せ、足場となる結界を構築する。
同時に赤く染まった瞳が黒に戻り、首筋から鱗が剥がれ、伸びた爪の一部が霧のように消えた。そこにいるのは、竜にとり憑かれた玩具ではなく、いつものクロードだ。
「ひょうっ。ザマァないなもやし男、これで形成逆転だ。嬲り殺しにしてやるぜ。オレは革命家、いずれ世界をこの手に掴む偉大なる一の同志だ!」
ダヴィッドは、勝利を確信して、甲高い声でゲラゲラと笑い始めた。
彼の高笑いに引き摺られるように、身につけた黄金の鎧がパリパリと砕け、散ってゆく。まるで悪い魔法が解けたかのように、塗りたくった厚化粧、鍍金がはげてしまったかのように。
偽りの竜人は、空を飛ぶことも叶わずに半裸で海中へと転落した。
「なんだ。いったい何が起こってる? まさか、そうなのか、ファヴニルとオッテルって、そういうことなのかああ」
ダヴィッドがなおも続ける上ずった笑い声は、どこか断末魔の叫びに似ていた。





