第260話 緒戦、飛行自転車隊の活躍
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復興暦一一一一年/共和国暦一〇〇五年 紅森の月(一〇月)一一日早朝。
クロードはネオジェネシスとの停戦成立の翌日、ヴァリン公爵領沖合で演習中だった艦隊を北上させた。
目指すは、マラヤディヴァ国最大の都、ユングヴィ大公領の国都クラン。
旗艦である巡洋艦『龍王丸』を先頭に、巡洋艦二隻、駆逐艦三隻、その他武装商船や揚陸艦五〇隻が縦一列に並んだ単縦陣で、目的地へと急行した。
大同盟の兵士達は意気軒昂だった。クロードが変えたもの、改革したものは技術や設備といった目に見えるものだけではなかった。ヴォルノー島で生きる人々は、諦めから闘志を燃え立たせ、涙を流しながらも抗うために一歩を踏み出したのだ。
『侵略者を打ち倒し、圧政に苦しむ同胞を救い出そう』
『故郷を踏みにじったテロリストを、我らの大地からたたき出せ』
艦隊に集った勇士たちは、もはや領主の命令では無く自らの意志で武器を取っていた。
この先、赤い導家士や緋色革命軍のような空っぽの理想だけを弄ぶ詐欺師たちが現れても、楽園使徒のように外国の威を借りて支配を企む工作団体が現れても、彼らは自らの目と耳で判断することだろう。
(悪徳貴族はじき不要になる。だから、僕は道を開こう)
クロードは知らない。
レーベンヒェルム領の民衆も、ヴァリン領の民衆も、ナンド領や、ルクレ領、ソーン領の民衆も、クローディアス・レーベンヒェルムの名を口にしなかったから。
彼らは、それが偽りの名前であることを知っていたのだ。『あいつのために』『彼と共に』『あの子のおかげで』そんな風にクロード個人に向けた信頼や感謝が、時を経るごとに重なっていた。
「僕たちの未来はこの一戦にかかっている。みんな、力を貸してくれ。マラヤディヴァ国に平穏と自立を取り戻すぞ!」
「「おう!!」」
クロードの演説で大同盟軍が戦意を高らかに燃やす一方、マラヤ半島を占拠する緋色革命軍は士気がドン底まで落ちていた。
半島の領の位置を一望するならば――。
・メーレンブルク領
・ユングヴィ領 ・グエンロック領
・ユーツ領
・エングホルム領
上記のように、北から順番に並んでいる。
今の緋色革命軍は――。
主力部隊が、北のメーレンブルク領で瀕死の公爵軍を包囲しつつ。
中堅部隊が、ユングヴィ領の一部とグェンロック領の大半でネオジェネシス軍と交戦。
予備部隊が壊滅して、ユーツ領の半分を大同盟が奪回し、もう半分をネオジェネシスが占拠。
本拠地である最南端のエングホルム領だけが孤立している。
という惨い有様だった。
加えてこの期に及んでなお、ダヴィッド麾下の親衛隊と、レベッカやゴルト達幹部が率いる一般隊が反目していた。
緋色革命軍は、占領地が寸断されたために補給が滞り、友軍の裏切りによって昨日の友は明日の敵かもしれないと疑心暗鬼になり、ダヴィッドの現実離れした政策は何一つ実を結ぶことは無い。
緋色革命軍は、勢力地だけを見るならば、もはや戦うまでも無く半壊していた。
それでも時間さえあれば――。
ダヴィッド・リードホルムはファヴニルから与えられた力で逆転できたかも知れない。
優秀な統率者であり参謀でもあるレベッカ・エングホルムに託せば、組織を再編する余地はあった。
際だった軍事能力を有するゴルト・トイフェルならば、敵対勢力を各個撃破するにことだって叶っただろう。
「敵に時間は与えない。まっすぐに国都クランを目指せ!」
しかし、クロードは彼らにそんなチャンスを与える気は毛ほどもなかった。
「辺境伯様、偵察でしょうか。魔術探査で前方に緋色革命軍駆逐艦一隻と武装商船三隻を確認。飛行太刀が二振り来ます」
「龍王丸のみ対空戦用意、後方の輸送艦から飛行自転車を出せ」
「ソーン領一番艦より連絡、ロビン隊が迎撃のためすでに発艦しています。対艦攻撃の許可を申請しています」
「任せる」
ソーン領は海軍こそ小規模であったものの、飛行自転車生産の工場が作られていた。飛行自転車に惚れ込んだドリスが、試行錯誤を繰り返して生産効率を高めたこともあり、本家本元のレーベンヒェルム領を除けば、大同盟で最も配備が進んでいたのだ。
ロビン率いる一〇〇両の飛行自転車は輸送艦隊から次々と飛び立ち、二手に分かれてドクター・ビーストの遺産である空飛ぶ大太刀に魔術杖で砲火を浴びせつつ、敵駆逐艦隊に爆弾の投擲を試みた。
しかし駆逐艦には、どうやら第六位級ルーンボウの盟約者がいたらしい。艦隊に接触する直前に、灼熱の光矢が飛行自転車隊の中心に撃ち込まれ、……特に被害はなかった。
ソフィ渾身の安全最優先設計である。数を集めて隊列を組み、魔法防御結界を重ねれば、第六位級の契約神器とて貫くことは叶わない。
「そんなへなちょこ矢が効くものか。リヌス兄さんの仇を討ちだ。ダヴィッド・リードホルム、この一撃こそ緋色革命軍の終わりの始まりだ!」
ロビンの投下した爆弾が敵駆逐艦の艦橋を吹き飛ばし、緒戦の勝利を決めた。





