第256話 巫覡の力
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クロードは、ソフィ、セイと共に、港町ツェアの北部に作られた大天幕へと案内された。
案内役のデルタに促されるがまま入り口をくぐると、中には立派なソファ付きのテーブルセットが据え付けられていて、でっぷりと太った男がアルファと共に座っていた。
「貴方が、ブロル・ハリアンか?」
「……クローディアス・レーベンヒェルム。聞いてはいたが、君はやはり異世界人だったのだな」
驚いたことに、ブロルはクロードに駆け寄るなり、手を取っておいおいと泣き始めたのだ。彼の態度には、ソフィもセイも面食らった。アルファは、木で鼻をくくったような態度で見守っている。
「辺境伯殿、失礼した。みっともない姿を見せてしまった」
「いいえ、僕はクローディアス・レーベンヒェルム。こっちは執事のソフィと、司令官のセイです」
クロードに紹介されて、ソフィとセイが名乗る。
すると、ブロルは破顔して、子供が有名人に会ったかのような笑顔を見せた。
「素晴らしい! ソフィさんは私と同じ巫の力を持つ者か。そして、セイさんも異世界からの客人なのだな」
「ブロル卿、かんなぎの力とは、いったいどういうことかな?」
クロードが思わず問い返すと、ブロルは得意そうに頬を緩ませて答えてくれた。
「巫女の力や巫覡の力とも呼ぶ、ちょっとした異能だよ。学者どもの説明では、私の場合は生命エネルギーを見ることが出来るらしい」
クロードも知っている。ソフィは、魔術道具と心を通わせて力を引き出すことができた。
八丁念仏団子刺しで空間を斬ったり、雷切で神鳴を降らせたり、火車切で巨大な焔の輪を生み出したり、そんな奇跡のような使い方は、彼女が傍にいる時に限られる。
「アルファ、客人達にお茶を用意して。お茶請けにはジャムトーストも頼むよ。知っての通り、私はアレに目がないんだ」
アルファは、相も変わらずの仏頂面で天幕を出て行くと、こんがり焼けたトーストとティーポットを手に戻ってきた。
敵地で出された食事を取るのは、場合によっては自殺行為に他ならない。だが、クロードにはブロルが毒を盛るようには思えなかった。彼は、本心から歓迎しているように見えた。
「ソフィ、セイ。先にいただくね」
クロードは、毒味をしようとしたセイを手で押し留め、巫女であるソフィに目配せして出されたパンを頬張った。たとえ毒を盛られていたとしても、彼女が健在ならば治癒できるという見込みからである。
芳しい香りが鼻を抜けて、ココナッツジャムの甘みが舌を蕩けさせた。紅茶もまた味わい深く、程よい渋みが芳醇な味わいを引き立てる。
「うん。美味しい」
「アルファの入れてくれるお茶は、苦しい日々の喜びの一つなんだ」
お茶をきっかけに緊迫した空気が少し和んだ。
クロードとブロルはしばし、茶と茶菓子について雑談に興じた。
「さて、辺境伯。本題に入ろうか。我々ネオジェネシスは、貴殿らヴァルノー島大同盟と一ヶ月の停戦を願いたい」
ブロルの提案は、クロードにとっても望ましかった。
強大な再生力を誇るネオジェネシスを相手に、ヴォルノー島大同盟がまともに戦えるのはクロードとアリスの二人だけだ。いくらなんでも休みなく戦い続けることは出来ないし、複数の戦場を同時に攻撃されると手がつけられなくない。
逆に考えるなら、ネオジェネシスもまた明確に自分たちを滅ぼせるクロードやアリスとの戦いは避けたいのだろう。
クロードもブロルも、共に弱点の対策を練りたいのが実情だろう。
「僕としても、緋色革命軍と二正面戦闘は避けたい。ですがこれだけは聞いておきたいのです。ブロルさん、貴方はいったい何をしたいのか?」
「ヴィルマル・ユーホルト伯爵あたりから聞いていないかな? 私の望みは復讐と……ささやかな幸せだよ」
ブロルは、あえて言葉を濁したように見えた。
クロードも彼のいう幸せが、共存可能なものだと信じたい。しかし――。
「辺境伯。先にこれを明かしておこう。私は、あの地獄でただひとり生き残り、この巫覡の力を得た。それからだよ、私にはニンゲンの区別がつかなくなった。同じ力を持つ者や異世界人だけはわかるのだが、男も女も老いも若きも、昔なじみの親友も、誰も彼もがおぞましい蟲に見えるのだよ」





