第252話 邪竜喝采
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復興暦一一一一年/共和国暦一〇〇五年 涼風の月(九月)二七日。
マラヤ半島のユングヴィ大公領の平原では、白髪銀瞳の美男美女"新生命"が緋色の軍旗を掲げた革命軍兵士たちと激突した。
「怪物どもめ、革命の裁きを受けるがいい!」
「これが世界を導く太陽、緋色革命軍の力だ」
灰色の軍服を着た親衛隊兵士達が、蛙型装甲車から冷凍光線を放ち、投石車から落雷を伴う石弾を発射する。
「ふはは、効かないぞ。軟弱者ども。この鍛え上げた大胸筋と広背筋がある限り、このベータたちを討ちとるのは不可能と言っておこう!」
冷凍光線は、先頭に立つベータという細マッチョな男をはじめ美男美女達を氷漬けにして、そこに雷と石礫の雨を降らせた。
しかし、彼らは己の肉体を誇示するように氷を粉砕し、両手で雷と礫を砕いて前進し、車両をひっくり返して顎で食らいついた。
「軟弱者どもよ、我らの上腕筋や三頭筋となって生き続けるがいい!」
ベータがスポーツマン風の爽やかな笑顔で宣言する。
鮮血が戦場のそこかしこで飛び散り、骨の砕ける音がした。
「チャーリーだよ。今から野草を刈り取るね」
また別の戦場、グェンロック方伯領の町では、ミニハットをかぶってドレスを着た中性的な顔だちの少女が、身の丈よりも大きな鎌を振るってアリ型装甲兵の首をスパスパと切り落としていた。
「怖れるな。こちらには銃がある。敵指揮官では無く、雑兵を狙え!」
「うぉおっ、くたばれぇっ」
マズルフラッシュが焚かれ、マスケット銃の弾丸が白髪銀瞳の美男美女集団に命中する。
しかし、死なない。死なないのだ。彼らは何事もなかったかのように復元して、片腕を銃身めいた形に変えた。
まるで突撃銃のように輝く液体が次々と撃ち出され、緋色革命軍親衛隊の装甲に蜂の巣状の穴をあけた。
「さあ、皆ご飯の時間だ。今日は待ちに待ったパーティだ。残さず食べるように」
「ぎぇあああっ」
緋色革命軍親衛隊は、町のそこかしこで白いウジに群がられ、後には赤い血の跡だけが残された。
「奪え、犯せ、殺せぇ」
「ひゃっはああ」
そして、死肉にたかるハイエナのように、ネオジェネシスに寝返った兵士たちが、元同胞に略奪と殺戮の限りを尽くした。
そんな地獄絵図を指揮車両の上で見下ろしながら、エカルド・ベックは哄笑をあげていた。
「そう。これこそが革命。尽きることのない欲望が、運命を、世界を変えるのだ。何もかも荼毘にふす戦争の中でこそ、真に貴重なものは再誕する!」
ベックは叫びながら、胸の中で思いを噛みしめる。
彼にとって何よりも大切なものは、仲間達と共に作り上げ、今や失われた"赤い導家士"に他ならない。
青春だった、理想だった、命よりも重い何かがそこにあった。だから、戦友達の言葉を認めるわけにはいかなかった。
"赤い導家士"がイシディア国で潰える直前、彼は仲間達に退路を用意しようとして断られた。
『マラヤディヴァ国に、これ以上の干渉は不要でしょう。あの国での私たちの目的は、神焉戦争の阻止は、あの悪徳貴族が担ってくれる。かつて鍵を使い、この世界に逃れた者達もきっと報われる。巫女の予言が成就し、天命の転換が果たされること、それこそが私たちの本願です』
『だな。飢えることがなく、望めば教育を得られ、職を選ぶ自由のある町。オレたちが作れなかったものをあいつは作った。オレ個人としても、あの凡人は好きだしな。ま、オレは旦那についていくだけだ。こちらでは、妻は救われ願いは果たした。あとは残せないものを終わらせるだけ』
支部長イオーシフ・ヴォローニンと、傭兵ロジオン・ドロフェーエフは、そう言って最後の戦いに臨んだ。おそらくもう生きてはいるまい。
「認めるものか。私が最後の"赤い導家士"だ。だから私が勝てば、それは"赤い導家士"の革命が成就したということだ。ファヴニル様、ご覧あれ。この地に真の革命を打ち立てて見せます」
道を見失った道化の叫びに応えるように――。
空高く、地を見下ろす城で、邪悪な竜が手を叩いて声をあげた。
「さあ、次の幕を始めよう。出がらしとはいえ、元は第一位級契約神器が相手だ。僕を楽しませてよ、クローディアス!」





