第250話 神官騎士達の脱出
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復興暦一一一一年/共和国暦一〇〇五年 涼風の月(九月)二七日。
新組織ネオジェネシスを率いるブロル・ハリアンは、ユーツ領の領都ユテスにて、ダヴィッド・リードホルムと緋色革命軍に対し独立と宣戦を布告した。
領都ユテスに駐屯していた緋色革命軍親衛隊は、クロード達解放軍に連戦連敗を重ねていたこともあり、すぐさま街と民を見捨てて逃げ出した。
けれど、逃亡は遅すぎた。新組織と同じ"新生命"の名前を与えられたウジたちは、灰色の軍服やアリ型の理性の鎧を身につけた兵士達に追いついて、ケーキに飛びついた蟻の群れのように食らい始めた。
頭からかじられるものがいた。八つ裂きにされてはらわたを貪られるものがいた。緋色革命軍親衛隊が。これまでユーツ領で繰り返した罪に対する罰と言わんばかりに、街道のそこかしこで惨劇が繰り広げられた。
「まったく、囮を引き受けてくれるとは有難いね」
地区委員長、否、すでに辞表を提出して一介の神官騎士に戻ったオットー・アルテアンは、緋色革命軍親衛隊が貪られている間に、ユテスの民衆と共に南の港町ツェアを目指して脱出した。皮肉にも、クロードたち解放軍が喉元まで迫ったが故に繰り返した、避難訓練が役に立った。
「ったく、よくもいいように使ってくれたよブロル。ここまでお前の仕込みだろう? ローズマリー・ユーツたち解放軍に、邪魔なユーツ領内の親衛隊を排除させた。独立の一番障害になるだろうマルグリット・シェルクヴィストに至っちゃ、ぼく自身が遠ざけてしまった。男子三日会わざればと言うが、お前の成長ぶりには引くくらいだよ」
オットーとて、すべてがブロル・ハリアンによって仕組まれていたとは思えない。
エカルド・ベックが入れ知恵をしたのか、あるいはもっと邪悪な何かが背後に居るのか。
されどこの窮地で彼が考えるべきは真相でなく、いかに万を越える民衆を逃がすかであった。
ウジたちに襲われている緋色革命軍親衛隊が、遠くから当たらないマスケットを撃って喚き散らしている。
「貴様らあ、逃げるな俺達の代わりに死ねええっ」
「オレたちは革命戦士だぞ。貴様ら罪深い奴隷どもとは命の価値が違う」
「オットー・アルテアン地区委員長、何をしている。早くそいつらを生け贄に我々を助けるのだ」
オットーは、命が終わる時間を迎えてなお、救われない咎人達に手を振った。
「あーばよ。ろくでなしの外道ども。来世はもう少しまっとうに生きるんだね」
長身痩躯の神官騎士は、もはや興味を失ったかのように親衛隊から目を逸らし、民衆を誘導しながら紙タバコに火をつけた。彼の視線の先には、元ユーツ侯爵邸であり今は旧友の住む屋敷があった。
「なあ、ブロル。他にやり方はなかったのかい? ぼくはお前を」
オットーは、タバコを口に咥えた。
彼が語ることのなかった言葉は、紫煙となって午後の青空に消えた。





