第247話 辺境伯の帰還
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クロードは、マルグリット・シェルクヴィスト男爵に、炭鉱町エグネを中心とするユーツ領北西部の防衛を任せて、レーベンヒェルム領へと戻ることにした。
緋色革命軍親衛隊は、降伏前に嫌がらせをしようとしたのか、町の神殿に作られた転移魔法を支援する魔法陣と設備の一部を破壊していた。しかし、レアとテルがちょいちょいと弄ると、一〇分もかからずに復旧した。立ち会わせた猟師姿の親衛隊員が唖然としていたが、こればかりはクロードたちが恵まれていたというべきだろう。
宴会の折には沈んで見えたマルグリットだが、レアがフォローしたおかげかラーシュへの愛ゆえか、別れ際には立ち直っていた。
「辺境伯様。わたしはもう諦めない。ラーシュくんに恥じないよう、ここで力を尽くします。またお目にかかれる日を楽しみにしております」
「マルグリットさん、また会いましょう」
かくして、クロードはマルグリットと握手を交わしユーツ領を後にした。
もちろん、天馬号こと飛行自転車に、薄い座布団と巨大な卵状になったネオジェネシスの遺骸を積み込むのは忘れない。
クロード、レア、アリス、テル、ガルム。共に過ごした戦友を見送るマルグリットの顔は、笑顔だった。
「ただいま、と」
略奪のあとも生々しい神殿から、慣れ親しんだレーベンヒェルム領役所の執務室へと、一呼吸する間に景色が変わる。
「おかえりなさい」
そこには、動きやすいように改造の限りを尽くした執事服を着た赤髪の少女がいた。
クロードの胸の中に、まるで日だまりの中で微睡むような安堵と、心地よい熱が灯る。
「今、帰ったよ。ソフィ」
「クロードくん、無事で良かった」
それ以上は言葉にならず、クロードはソフィを抱きしめた。
着衣越しに重なる身体から、温もりと安らぎと、どうしようもない愛しさを感じた。
「ああ、ごほん」
咳払いが聞こえて、クロードとソフィは熟れた林檎のように顔を真っ赤にして離れた。
「まったく。棟梁殿は仕方の無い男だな」
薄墨色の髪の凜とした少女が呆れたように肩をすくめて、空いたクロードの胸に飛び込んでくる。
「お帰り棟梁殿」
「ただいま、セイ」
鈴の音が鳴るようなセイの声が耳に心地よい。クロードはいかなる荒野も、彼女と共に進むと決めたのだ。
寒空に輝く星のような澄み切った眼差しが、彼に力を与えてくれる、……のだが。
「一番手は譲ったのだ。棟梁殿、あるだろう。大切な儀式が?」
「ぎしき?」
そんなものあったっけ、と、クロードが迷う間にもセイは目をつむり、接吻を受けるよう少し身をかがめた。
「レアちゃん、お夕飯はキスの天ぷらがいいたぬ」
「そうですね。キスなら塩焼きも美味しいですよ」
だが、ここでアリスとレアがインターセプトした。
クロードは冷や汗をかきつつ、どうしたものかと頭がオーバーヒートするほどに悩んだのだが……。
「いい度胸ね。そこのバカップルズ!」
クロードに似せた格好をしたショーコが、般若もかくやという顔でぶち切れていた。
エリックだけはつきあってられんと仏頂面を貫いていたが、ブリギッタは悪魔のような顔で縄を掴み、アンセルはルーンボウをかざし、イヌヴェとサムエルとキジーは銃器を向けて、ハサネは楽しそうに念写真器をパシャパシャと作動させていた。
「待て、待つんだ皆、話せばわかるっ」
「領主代行としての最後の命令よ。この不届き者を引っ捕らえなさい」
「「了解!!」」
「なんでだー!」





