第242話 山中歓迎戦
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テルの叱咤激励によって戦意を取り戻したシェルクヴィスト男爵家の家臣達は、アリス達に追われて山中に踏み入った緋色革命軍親衛隊を迎え撃った。
指揮系統の失われた敵軍はもはや隊列すら組むこともなく、破れかぶれにマスケット銃を乱射しながら近づいてくる。
「出てこい。臆病者ども、選ばれた革命兵士である我々が、お前達の無知と愚かさを教えてやるぞ」
先頭を突き進む装甲兵が叫んだ瞬間、彼が着込んだ理性の鎧の軍靴が竹槍を踏んだ。それは、どこにでもある竹を切って火で炙り、魔法で貫通力を付与しただけの簡単な罠だ。
けれどそんな簡単なトラップが、魔法への耐性を持たないアリ型装甲服を名刀よりも鋭く貫いた。
「ぎやああああっ」
「見つけた。索敵通り!」
装甲兵が深く抉られた右足を庇って七転八倒すると、近くの茂みが大きく揺れた。
隠れていた三人の男爵家の家臣三人が飛び出して殴りつけ、クロードの鋳造した鎖で敵をぐるぐる巻きにして捕縛した。
「カワウソへ。第一班は、北八番を撃破。次はどうする?」
「カワウソより、第一班は東へ一〇m移動して待ち伏せよ。第二班は西の沼地を避けて北へ迂回しろ」
「「了解!」」
第二班の兵士達が目的地へたどり着くと――。
「どろがみずがったすけっ」
そこには、自重に耐えきれず沼地で身動きが取れなくなった装甲兵がいた。
「いでえ、いでえよ。なんなんだよお」
別の親衛隊兵は、とっさに灰色の軍服に戻して沼地から飛び出したのだろう。
しかし棘だらけの蔦に絡まって、血まみれで悲鳴をあげていた。
「カワウソへ。第一班は、西四番と五番を撃破。次の指令をどうぞ」
かくしてテルが率いる一〇人の家臣は、三人一組で東西北に分かれ、罠にかかった敵を一人ずつ各個撃破で仕留めていった。
作戦の要となるのは、テルの隣で遠視と念話の魔術を使う若手兵士だ。
濃い頬髭が目立つ彼が習得した魔術は、希少でも特別でもない、ありふれたスキルだった。けれど、今この時ばかりは最大のパフォーマンスを発揮する。
「テルさん、いけます。これなら一〇〇人だってきっと倒してみせます」
「おう。楽しいナ、コレ。クロオドたちも面白いコトを考えつきやがル」
テルは地面に置いた敵を表す石を移動し、撃破報告が届くたびに弾いてゆく。
彼が採った戦術は、戦場全体を把握して指揮をとる本陣を置いて、通信を反映しながら三つの部隊を手足のように展開するというものだ。
これは、出納長アンセルが第六位級契約神器ルーンボウ『光芒』の広範囲索敵能力を用いて始めた戦術であり、クロードやセイが実戦の中で進化させてきた。
「ココは視界の利かない山の中、魔法と相性の悪いパワードスーツじゃ怖かろウ。新技術を検証もせずに使うんじゃア、なかったナ!」
テルが指摘した通りだった。
ドクター・ビーストは、自らがこの世界で使うための武器としてパワードスーツを試作し、彼が望む条件を満たさなかったが故に廃棄した。
けれど、緋色革命軍親衛隊は異界の技術というだけで捨てられたものを尊び、欠点も知らぬまま形を真似た模造品を作って配備したのだ。
彼らは、勝ち続けたがゆえに気づかなかった。自分の力でないものを、あたかも自分の力であるかのように振る舞う危険性に。
しかし、親衛隊員もまた不利を悟ったのだろう。暗闇の中で目を瞑って走るが如く、一目散に逃走した。
この戦場が、テルたちによって招かれた"歓迎会場"であることにも気づかずに――。
「ぎゃあ。にがっ、ぐるじい」
ある者は足下の縄に引っかかって倒れたところに、めちゃくちゃ苦いウリが山ほど落ちてきて下敷きになった。
「目が、目がっ。なんでばあっ」
ある者はスイッチとなる板を踏み抜いて、大量の麻痺花粉をまき散らす籠いっぱいの野草にまみれて悶絶した。
「うおおおっ。くさっ。なにこのキノコ、おげえええっ」
ある者は落とし穴に落ちた挙げ句に、悪臭の強いキノコを尻で潰して嘔吐した。
(ベックとやらが使ったストレンジガーデンは、敵ながらいいアイデアだったナ。あそこらへんの細工は、レ……メイドだよなア)
レアが丹精込めたおもてなしは、竹槍のように目立つ殺傷能力こそなかったものの、ある意味でそれ以上の威力を発揮して親衛隊兵を無力化した。
(すました顔して、アイツやっぱり怖ぇェッ)





