第237話 現状確認と方針検討
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クロードはマルグリットに、オットー・アルテアンから迎えに行くよう依頼を受けたのだと説明した。
それを聞いて、彼女はリムレス型の眼鏡の奥、灰色の瞳にわずかな涙をにじませた。
「そうですか、アルテアン地区委員長がわたし達のために骨を折ってくださったのですね」
シェルクヴィスト家の女男爵は、蜜柑色のショートヘアを深々と下げて一礼する。
「辺境伯様、改めて私たちを救ってくださり、ありがとうございました。シェルクヴィスト男爵家は、これより辺境伯様の指揮下に入ります。何なりと仰せください。身命を賭けてお仕えいたします」
「いや、そんな畏まらなくても。僕としてはラーシュくんの元へ貴方を送り届けられれば……」
クロードは、そう告げようとして押し黙った。
(本当にこれでいいのかな?)
目線を逸らして青髪の少女を見ると、レアはもまた美しい眉をひそめて小さく頷いた。
(レアも、まずいって思ってるのか)
解放軍は、オトライド川関所でマルグリット達を破った。その上で、領都ユテスから逃れたところを保護したでは、彼女は良くてただの捕虜、悪ければ緋色革命軍を裏切った変節者になってしまう。
特にユーツ領出身の騎士や兵士たちは、収容所で過酷な拷問に晒されたこともあって、まとめ役であるヴィルマル・ユーホルト伯爵を介して、クロードへ懸念を伝えていた。
即ち、シェルクヴィスト男爵家の投降は、オットー・アルテアンによる策略であり、いざ決戦となれば彼女たちは再び裏切るのではないかという疑惑だ。
事実、かの地区委員長が率いた砲艦隊は、ヘルバル砦でローズマリー・ユーツを砲撃で狙い撃っており、兵士たちの強い反発を招いていた。
(ユーホルト伯爵も憎くてやっているんじゃないだろうけど、苦肉の計を心配する理由もわかるんだ……)
苦肉の計といえば、大艦隊を擁する大国に攻められた小国の将軍が、司令官を罵倒して衆目の前でわざと自身を鞭打たせ、痛めつけられた恨みを理由に大国へ偽りの投降を図り、艦隊を火攻めにする。というのが、最も有名な作戦だろうか。
実のところ、このエピソードにはフィクションの疑いもあるらしいのだが、マルグリットの場合、そう疑われても仕方ない立場にあった。
(チョーカーの時は、タフというかバカというか、面の皮が厚かったからどうにかなったけど……)
アンドルー・チョーカーは参考にならない。というか、参考にしてはいけない。
(たぶん、マルグリットさんにとっても、ユーホルト伯爵達にとっても、納得させるための手土産が必要だ。もう一度考えてみよう。僕たちの最終目的は、ファヴニルを打倒してマラヤディヴァ国を解放することだ)
その為には、今、"オッテル"を名乗っている邪竜が黒幕の、緋色革命軍を討たなければならない。
「シェルクヴィスト男爵。いえ、マルグリットさん。僕たちの目的は緋色革命軍の打倒です。その為にこのユーツ領へやってきました。理由はわかりますか?」
マルグリットはしばし沈黙を守ったあと、クロードを正面から見据え、灰色の瞳に光を宿して話し始めた。
「戦力の空白地帯だったユーツ領を落として、緋色革命軍の勢力圏を、南北に分断をするためでしょうか?」
クロードは大正解だと、心の中で喝采をあげた。
やはり、この女男爵は指揮官として有能だ。ラーシュくんのためというだけでなく、ぜひ協力を仰ぎたかった。
「マルグリットさん、その通りです。けれどたった今、前提が覆りました。ユーツ領領都ユテスを支配しているのは、どうやら別の組織らしい」
クロードの返答に、アリスは首を傾げ、ガルムは唸り、シェルクヴィスト家の家臣達はどよめいた。
テルはすました顔で寝そべっていて、レアは優しい視線でクロードを支えてくれた。
「辺境伯様。それは解放軍が、ブロル・ハリアンやアルファ達、ネオジェネシスと組むということですか?」
「もはや分断は果たされた。ならば、そういった選択肢もあると言うことです」





