第236話 悪徳貴族の昼食時間
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クロードの目配せを受けたテルは、危険を察したらしい。
正体が露見することを恐れたのか、侍女に釜ゆでにされることを怖れたのかは定かではないが、ハードボイルドぶるのをやめて仰向けに転がり、いかにも可愛いポーズで甘鳴きを始めた。
「きゅきゅっ。なーンちゃっテ、実は可愛いカワウソでしたァ」
「そうそう、こんな小動物が戦争なんか知っているわけないじゃないか」
クロードも、口裏を合わせて支援する。
レアは包丁と鍋を片手に昼食の準備に取り組みながら、目を醒ましたシェルクヴィスト男爵家の兵士達に「今から精のつく料理をご馳走しますね」なんて言い始めていた。もはやテルの命は風前の塵に等しいだろう。
クロードには、彼女がどうして彼にあたりが強いのか理解できず、テルの方は自分がレアに疎まれている理由を知っていたが、ともあれ二人は協力して勢いで乗り切ることにした。
「そうだ、マルグリットさん。レアもああ言っていますし、お昼ご飯にしましょう。魔法による治療は体力を消耗します。部下の人たちも一息入れましょうよ」
「え、ええ。ありがとうございます……」
クロードの勢いにあてられたのか、それとも空気を読んだのか、マルグリットが頷く。
しかし、レアは諦めていなかった。
「領主さま、それでは、秘伝のカワウソ鍋を作ります」
「ああっ、レア。今日は干し魚のサンドイッチが食べたい気分だなあ」
「た、足りないなら、たぬが魚を取ってくるたぬ」
「バウバウ!(サンドイッチ作るの、手伝います)」
「きゅう、きゅう。みゃあみゃあ(いやだ、死にたくない、逝きたくなぁい)」
クロード、アリス、ガルムが誠心誠意レアを説得して、どうにかテルは死を免れることができた。
迅速な手当が功を奏したのか、マルグリットも彼女の一〇名の家臣達も命に別状はなく、どうにか動けるようになった。
クロードたちは揃って焚き火を輪になって囲み、魚を炙ってクラッカー状の薄い乾パンで挟む。
この乾パン、クリスプ・ブレッドはライ麦に蕎麦を混ぜてこねたユーツ領の特産品で、サクサクした食感と素朴な甘みが癖になる味なのだ。
食前の祈りを捧げ、一斉に口へ運ぶと緊張も解けたのだろうか、その場の誰もが笑顔になった。
マルグリットは、改めてクロードに頭を下げた。
「辺境伯様。此度は私たちの命を救っていただき、ありがとうございました。もしも貴方がたが偶然通りかからなかったら、私たちは全滅していました」
「実は偶然じゃないんです。オットー・アルテアン地区委員長から連絡があったんです」
クロードは香ばしいサンドイッチを舌で堪能し、竹でつくったカップで白湯を啜りながら、事情を説明し始めた。





