第225話 ヘルバル砦の制圧
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「ぷはっ、鋳造――っ」
オトライド川の北部本流に落下したクロードは、どうにか水面に顔を出して右手から鎖を生み出し、川岸の木へと巻き付けた。
しかし、川底が深くて足がつかない上に、増水して流れが速く、岸へ近づくどころか流されないようにするのが精一杯だった。
「ハ。見ちゃられんナ、クロオド。こんなこともアろうかと、待機していて正解だっタ」
窮地のクロードにいち早く駆け寄ったのは、カワウソのテルだった。
彼は颯爽とヘルバル砦を飛び出すや、水かきでスイスイと川を移動して、今にも溺れそうな友の手を掴んだ。
「た、助かった。ありがとうテル」
「イイってことヨ」
そうして彼は手を引いたままちゃぷちゃぷと水を叩いて、にっちもさっちも進まなくなった。
「……スマン。この身体じゃ無理だナ」
「なにしに来たあっ」
これでは単に、『こんなこともあろうかと』と言いたかっただけではないか?
「ウー、バウ!」
次に二人の救助に駆けつけたのは、銀色の犬ことガルムだった。
彼女はひと跳びで、要救助者の眼前に着水する。そうして、両の手で水をかき、流され始めるやクロードとテルにひっしとしがみついた。
「クーンクーン」
「クロオド、通訳するゾ。ごめんなさい、この姿だとあまり泳げません、ダと」
「嬉しいけど、嬉しいけどさぁっ」
先刻から、状況がまるで好転していない。
「バウバウ」
「勘違いしないでネ。貴方のことなんカ、全然心配してないんダから。とさ、モテモテだな。クロオド」
「あーっ、うわあ」
モテモテなどと、こいつは本気で言ってるのだろうか。
ガルムの場合、真剣にクロードはどうでも良くて、テルのために後先考えず飛び込んで来た可能性もある。
このように事態打開には至らなかった助っ人たちだったが、遂に真打ちが登場した。
「お待たせたぬ。クロード、ガっちゃん、テル。たぬが助けにきたぬ」
「さっすがアリス。こっちだ。ちょっと無茶したせいで、手がきついんだ」
アリスは黒い髪を振り乱して泳ぎ、健康的な肉体で踊るように荒れる水面を切り裂いて、クロードと彼の身体にしがみついたガルムとテルの元へとたどり着いた。
「さあ、たぬの手を掴むたぬ」
「アリス、よく来てくれた」
クロードが差し伸べられた手を掴んだ瞬間、ぼふんと音がした。
黒髪の少女は、金髪の幼い姿に早変わりし、あっぷあっぷと溺れ始めた。
魔力切れで、省エネモードへと切り替わってしまったのだ。
「た、たぬぅううっ」
「いいよ、アリス。ここまで頑張ってくれてありがとう」
クロードは、小さなアリスの身体を左腕で抱きしめた。
鎖を掴む右手はもう限界だ。
砦の北口から河原へと走り出てきた戦友達に向かって、クロードは叫んだ。
「先に行ってる。早く追いついてこいよ。でないと僕が、いいところを全部貰ってしまうから」
クロードは足先で魔術文字を刻み、水中から氷柱を射出した。
無数の氷柱は、鎖を巻き付けた木に狙い違わず命中し、半ばから断ち折った。
最後の力で丸太を掴んだクロードは、胸に抱いたアリスと、背にしがみつくテル、ガルムと共に下流へと流されてゆく。
「むふん、ひょっとして、これってダブルデートたぬ?」
「バウワウ♪」
「……おい、生き延びル心配の方が先ダろう」
「そうか、これって川下りデートなのか」
「違うゾ。しっかりしろクロオド。百歩譲っても遭難デートだコレ!」
そんなことを喚きながら、四人は前へと進んでいった。
彼らのたどり着く場所がどこなのか、今はまだわからない。
復興暦一一一一年/共和国暦一○○五年 涼風の月(九月)一九日。
ユーツ領解放軍は、オトライド渓谷関所に引き続き、ヘルバル砦を陥落させる。
この戦果によって、高山都市アクリアを中心とするユーツ領南西部が緋色革命軍占領下から解き放たれた。
戦いは、次のステージへと移った。
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