第217話 隠密部隊
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ヨアヒムたち主力部隊が親衛隊の注意を引き付けていた頃、潜入したアリスたち隠密部隊もまた大暴れしていた。
「たぬったぬう。村人さんたちを返すたぬっ」
アリスが手足を振り回し飛び跳ねるたびに、アリを連想させる”理性の鎧”を身に着けた兵士たちが花火のように空へと打ち上げられる。
親衛隊が身に着けた装甲服は、矢や弾丸をものともしない耐性がある。だが、何トンもある青銅巨人像を軽く吹き飛ばす彼女のパンチやキックに耐えられるかというと、さすがに無茶だった。
「ええい、相手は少人数だ。包囲して射殺しろぉ」
「バウッ!」
「無理です隊長。あの犬、弾丸よりも速い」
「りふじんっ、ケツを噛まれたああっ」
更には第五位級といえ契約神器、魔術の権化であるガルムに対して鎧は無力であり、ドミノ倒しのようになぎ払われた。
人質に銃を向けて「近づけば殺す」と脅しつけた者も数人いたが、ある者はアリスが投げ飛ばした同僚の下敷きになり、ある者はガルムの爪に引き裂かれた。彼らは自身を狩人だと思い込んでいたが、この戦場では狩られる獲物に他ならず、余計な隙を見せた者から次々とノックアウトされた。
「クロオドめ、選べる手段が増えるホド強くなるのカ。おっトろしいコトだ」
一方的な蹂躙を横目で見ながら、カワウソことテルは、ぼやきながら砦を守る門に近づいていた。
「門の一部を爆発物に変化させテ……ハイ、ドォーン!」
テルは、あらかじめ仕込んでいた門も含めて、砦を守る要をことごとく爆破して塵に変えた。外で戦っていた主力部隊が、好機とばかりに防衛線を食い破るべく殺到している。もはや友軍が砦を制圧するのは、時間の問題だろう。
テルは小動物めいた身体をぶるぶると震わせて、ホッと安堵の息をついた。祈るように水かきのついた手を合わせる。
「フン。緋色革命軍の支配地域に入ってカラ、回復が早いナ。ファヴニルが、”オッテル”を名乗っていル影響で、奴に向かう祈りや感情の一部が流れ込んでいるのカ。このまま順調に奴を討ちたいところダガ」
千年前の神焉戦争を生き延びた戦人は知っていた。
争いとは、そんなに甘いものではない。予想もつかない災厄や不運は、いつだって見えない死角に潜んでいる。
「与えラれた力を盲信するバカならば問題ない。だが気をつけろヨ、クロオド。敵にもきっト将はいる」
テルの懸念は正しかった。
大同盟優位に進んだヘルバル砦攻略戦。
しかし、決着はいまだ着かず新たな転機を迎えようとしていた。





