第216話 激闘
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時をやや遡り、作戦開始前――。
クロードは、拾った木の葉を敵親衛隊のものに似た灰色の軍服に変え、仲間たちに告げた。
「よし、こいつを囮に使おう」
「あれ、リーダー、この服を着て砦の中に紛れ込むんじゃないんすか?」
「うーん。流石に点呼くらいは取っているだろうし、パワードスーツに変身してみせろと命令されたら真贋が割れるからね。偽旗作戦には、同士討ちの危険だって伴うんだ。ユーツ家の家紋をつけて、砦の周りをぶらつくので充分だと思う。そっちに注意を引かせて、侵入は別ルートで行おう」
参謀長ヨアヒムの問いに答えた辺境伯の言葉に、仲間たちはおおーっとどよめき、旗頭たるユーツ家の令嬢ローズマリーもまた深々と頷いた。
「意趣返しってそういうことなんだ。確かにあいつらは避難民に紛れて工作員を送り込むとか、自称市民団体をでっちあげて破壊工作をするとか、そういった汚い真似を散々やってきたわ。だから、自分たちも同じことをされるんじゃないかって警戒しているはず。囮にはもってこいね」
「で、でも、ユーツ家の家紋でしょう? 仮に親衛隊の中に裏切り者が入り込んだとしても、堂々とつけるなんて有り得ないって、見破られないかしら」
「うむ。ミーナ殿の言う通りだ。コトリアソビよ、そのような小細工は無用。ここは再び、小生に攻略の指揮権を委ね、高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に攻め入るべきであろう」
もこもことした髪が特徴的な羊族の少女ミーナの異論に、陰気な青年隊長アンドルー・チョーカーが自信満々でのっかった。しかし、周囲の者たちはまるで示し合わせたように、隊長へと生温かい視線を注いだ。
「ごめんなさい。今の発言を撤回します」
「皆はなぜに小生の顔を見るのか!?」
マラヤディヴァで最も非常識な男、という風評は良くも悪くも敵味方に広まっていた。
どんなに無謀で斜め上の作戦であっても、アンドルー・チョーカーならばやりかねない、そんな印象があったからだ。
「じゃあ、これで行こう。今から部隊を二つに分ける。
ひとつは、囮となって砦の注意を引き付けた後、開門後に制圧と破壊を担当する主力部隊。
もうひとつは、砦内部に潜入して城門の破壊とかく乱を実行する隠密部隊だ。
どちらも、第一目的は村人の救出だ。皆、それを忘れないように。作戦開始だ!」
それから数時間がたって……。
ドォン! という耳をつんざく轟音が、オトライド川近郊に連続して轟いた。
潜入した仲間たちが、手はずどおりにヘルバル砦の四方を守る門を破ることに成功したのだ。
ヨアヒムが率いる主力部隊は、第六位級契約神器ルーンロッドで創り出した川原の幻影に潜んでいたのだが、好機と見るや一気呵成に霧雨の中を突っ切って城内へと雪崩れ込んだ。
「さすがはリーダー。作戦通りっすね!」
「まったく、非常識なのはコトリアソビの方だというに」
チョーカーがぼやくのも無理はない。
本来ならば大将となるべきクロードだが、どちらの部隊に同行したかは言うまでもない。
「総大将はローズマリー様っすから、体面上、主力部隊を任せるっていうのが建前ですけどね」
「こじつけだろ。小生にはわかる。あいつは好き勝手やってるだけだっ」
「二人とも、喋ってないで集中してくださいなっ」
ヨアヒムは手にした八角棒で斬りかかってきた灰色服の兵隊を叩きのめし、チョーカーもまた突きだされた槍を潜り抜けるようにして敵兵を剣で切り伏せた。見張り台に立つ銃兵が狙いをつけるも、ミーナが投石布で礫を投じて昏倒させた。
「ユーツ家と大同盟の名の下に、この砦を解放します」
ローズマリー・ユーツもまた砦にこそ踏み入らなかったものの、危険な前線で旗を振って死地に飛び込んだ仲間たちの士気を高めた。
同盟軍と革命軍の兵力差は一〇倍以上だ。
しかし、ヨアヒムたちは砦周辺の木の茂みや岩陰といった地形を利用して器用に敵を分断しつつ、親衛隊に四方八方から挑みかかって各個撃破することに成功した。
先に潜入した隠密部隊から、砦内部の構造や見張り兵の配置と言った情報は筒抜けだ。むしろ、ローズマリーやラーシュといった、ユーツ領の気候や土地感に慣れたメンバーのいる同盟軍の方が地の利を得ていた。
一方、緋色革命軍親衛隊は、他国から寄せ集めた傭兵や徴発された新兵ばかりであり、また午前から続く魔女狩りじみたいがみあいの結果、士気は最悪だった。緋色革命軍が金でかき集めた高価な武具も、整備不良や不慣れが祟ってまるで使いこなせない。
ここに至り、無防備となった出入り口を守るべく、前線指揮をとっていた親衛隊指揮官は決断をくだした。
「親衛隊、特殊武装を許可する!」
「待ってました。チョーカー隊長、ミーナさん。合わせるッすよ」
「間違えるなよ参謀長。貴様が小生に合わせるのだ」
「アンドルー。ワガママを言わない!」
親衛隊の着こんだ灰色の軍服が変貌する。触角の生えた兜に節がついた装甲というアリじみた鎧。使用者に常人の数倍のパワーとスピードを与え、剣や矢、銃弾すらも寄せ付けない。この強力無比な武装は、”理性の鎧”と呼ばれ、緋色革命軍親衛隊だけが着用を許されて、部隊の象徴となっていた。
「ぎやああああああっ」
しかし、その象徴を着た兵士たちは、瞬く間に悲鳴をあげて倒れ伏した。
ある者は天に手をかざして呻き、ある者は胸をかきむしってのたうち回る。
「な、何だこれは、毒を使ったのか。卑怯者どもがあ!」
「酒と術ですよ。誰がそんな危険なものを使うっすか」
ヨアヒムの第六位級契約神器ルーンロッド”陽炎”は、幻影を生み出したり幻覚を見せることができる。
チョーカーの第六位級契約神器ルーンホイッスル”人形使役”は、音を聞いたものの肉体や精神に作用し、強化したり操ったりすることができる。
そして、ミーナが雨に混ぜて広げた特製の酒は、魔術の効果範囲を強めるものだ。
この三者が共同で作り上げた術式「被術者に最も恐れる光景を見せる」を、異なる世界の論理で設計され、それ故に魔法防御力に劣る”理性の鎧”の着用者にぶつければどうなるか。それはもう、酷いことになった。
金切り声をあげて逃亡する者や、気絶したものはまだマシだ。失禁する者や脱糞する者もいて、果ては丸太を口説き始めたり、泥のついた石を美味しそうにかじり出したりする者まで現れた。
「しょ、小生はここまでやるつもりはなかったのだぞ」
「こ、この光景は、さすがに罪悪感がありますわ」
「パワードスーツの弊害っすね。安易な力に頼るとしっぺ返しがくる。オレたち、契約神器の盟約者も肝に銘じないと。命を奪わずに済んだだけ、良かったっすよ……」
しかし、同盟軍の仲間たちが狂気に陥った敵兵を捕縛する中、魔女の饗宴と化した戦場で、ただひとり起きあがる者がいた。
前線指揮官だ。イノシシに似た牙の意匠が目立つ兜を被り、より筋肉質で大柄な鎧をまとったその男は、血走った目を光らせて駆けだした。
「俺は無敵の革命家だぁ」
彼の突撃は凄まじかった。阻もうとした同盟軍兵士たちを跳ね飛ばし、砦の壁すらも破壊して、一直線にひとりの少女へ向かって猛進した。
「異世界より偉大な力を与えられ、世界を支配する選ばれた英雄なんだぁあああっ!」
彼は幻覚に苛まれてなお、目的に一途だったのだろう。狙った標的は、戦場に旗を掲げて立つローズマリー・ユーツ。
かの令嬢さえ抹殺すれば、ユーツ家の再興は叶わない。緋色革命軍がやりたい放題する日々が永遠に続く。
指揮官はそう信じて疑わなかった。まさに猪突猛進。ただ虚ろな未来だけを夢みて、確かな足元すら見えてはいなかった。
「あ」
ゆえに、彼はローズマリーを守るため、ヨアヒムが仕込んでおいた陥穽、落とし穴にあっさりとひっかかって墜落した。
「このユーツの大地は、この地で生きる民のものです。貴方たちのものじゃない」
「ついてないね、アンタ。銃で殺せない敵をどう殺すか知ってる? 死ぬまで撃つんだよ」
ローズマリーが悲しげに呟き、ミズキをはじめとする彼女の護衛が穴の中へ銃口を向ける。
「革命武装がこのような原始的な罠に負けるだと。あ、あああああっ!」
そうして、親衛隊指揮官の勘違いした革命は終わった。
砦の防衛に出動した大部隊を叩いたことで、今後の制圧もはかどることだろう。
「やれやれ肝を冷やしたな。コトリアソビの馬鹿はともかく、我が薔薇、ごほん。ローズマリー嬢はやはり後方に移動してもらう方が良いのではないか?」
「彼女が、自ら望まれたんです。オレは、その願いを叶えたい――な、なんすか、皆はなぜにオレの顔を見るんすか!?」
「べーつにい。村人の救出も順調だといいなと思っただけだ。ほら、行って来い。ローズマリー嬢が見ているぞ」
「こ、このチョーカー隊長の癖に!」
顔をホオズキのように赤らめながらも、ヨアヒムはどこか嬉しそうだった。





