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七つの鍵の物語【悪徳貴族】~ぼっちな僕の異世界領地改革~  作者: 上野文
第三部/第五章 悪徳貴族と豊穣祭
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第199話 悪徳貴族と豊穣祭『契魔研究所展示』

199


「私は出し物の準備があるから先に会場へ向かうね。ソフィちゃん、ヨアヒムさん、後はよろしく」

「まかせて。ショーコちゃん、頑張ってね」

「おいっす。楽しみにしてるっス」


 ショーコはうきうきとした足取りで倉庫を後にして、解説はソフィとヨアヒムが引き継いだ。


「じゃあ、始めるよ。クロードくんやセイちゃんたちのおかげで、ルンダール遺跡から魔法鉱石と金属資源の発掘が進んだよ。おかげで大鏡盾車シールドタンク二号機の試作と、飛行自転車の量産がはかどったんだ」

「この倉庫にはもうないですが、火薬式大砲も作った端から同盟領に売ってます。ヴァリン領とナンド領の艦隊も、もう少しで出陣の目処が立つそうです」


 クロードとセイは、ほうと重い息を吐きながら頷いた。

 グェンロック方伯領沖海戦の敗北から二ヶ月、大同盟はようやくまとまった艦隊を再建することができた。

 とはいえ、同盟領には新しく巡洋艦や駆逐艦を用意する予算も時間もなく、半ば引退していた老朽艦や大型商船をかき集め、戦闘用の艤装を施すのが手一杯だった。

 おそらく数の上では互角にもっていけるだろう。しかし、弱体化した同盟領艦隊で緋色革命軍マラヤ・エカルラート艦隊を撃ち破れるのか、情勢はいまだ予断を許さなかった。


「ソフィ殿。シールドタンクだが、コンラード卿と戦った折には、大砲の応酬で荒れた戦地を進めなかった。稼働時間も一〇コーツ未満だ。あれでは、実戦で使用するには無理がある。新型機では改善されたのだろうか?」

「うん、銅像部分を半人半馬の四脚に変えたことで、山道や泥、砂地みたいな不整地も走れるようになったよ。皆が頑張ってくれたから、稼働時間もなんと六〇分まで伸びました」


 ソフィの自信満々な返答を受けて、セイは葡萄えび色の目を大きく見開いた。

 旧型機の欠点が見事に改善されて、新型機はとんでもなく進歩していた。


「な、何があった!? 棟梁殿、知っていたのか?」

「そりゃあ、開発計画にサインしたのは僕だし」


 セイがあれこれとぼやく間に、ヨアヒムが事情を伝えた。


「ローズマリー侯爵令嬢の口添えで、ユーツ領の技師と錬金術師が開発に協力してくれたんス。それに、精密細工に優れたソーン領と、冶金技術に長けたナンド領が魔力機関エンジン増幅器ブースターの生産を請け負って、ルクレ領が船で運んでくれました。新型機の開発は、リーダーのおかげっスよ」

「ヨアヒム、僕じゃない。それこそ皆のおかげだ」


 クロードは、胸が熱くなるのを感じた。

 戦いの始まりから多くのことがあった。薄氷を踏むような勝利を積み重ね、恐怖や悲痛に打ちのめされたことも一度や二度ではない。

 しかし、彼の歩んだ軌跡は、確かに多くの人と町を繋いでいたのだ。


「完成したシールドタンクは六両っス。来週の演習と会議で許可が取れたら量産に入ります」

「セイの反応も良さそうだし、これなら決裁も出来そうだ」

「と、棟梁殿。それはどういう意味だ?」


 真っ赤になったセイをからかって、倉庫内に笑いが満ちた。


「クロードくん、セイちゃん、次はこの石柱を説明するね」


 談笑が一段落すると、ソフィが長方形のモノリスを車輪板キャスターボードに乗せて、引きだしてきた。

 高さは約三(メルカ)ほど、全面にびっしりと魔術文字が彫り込まれて不思議な威容を感じさせる。


「ソフィ殿、兵器には見えないがこれはいったい?」

「クロードくん……」


 ソフィに促されて、クロードは石柱の正体を告げた。


「セイ。こいつは、僕が頼んで創ってもらった対怪物災害(モンスターハザード)用の結界装置だ。ファヴニルに対する備えだよ」


 クロードの言葉に、セイはなるほどと頷いた。

 いまだ記憶に新しい火竜オッテル血の湖(ブラッディスライム)との激戦。幸いにも自陣営に死者はほとんど出なかったものの、楽園使徒アパスルに参陣した傭兵やテロリストはその限りではない。

 もしも対処を一手誤れば、ヴァルノー島の民間人に甚大な被害が出ていたとしても不思議はなかったのだ。


「クロードくんがルンダール遺跡で見つけたハロルド・エリンの遺産、ジャケットとキャリーバッグを解析して、レアちゃんとヴァリン領の学者さんの力を借りて作ったんだ。地脈の点穴スポットに置くことで街全体を結界で包みこんで、大規模破壊魔術も数発までなら耐えられるようになります」

「あくまで初撃をやりすごすのが限界か……」

「リーダー、一番怖いのは奇襲スよ。超遠距離砲撃やガス攻撃も防げるから、被害は格段に減るんじゃないスか?」


 セイは、クロードとソフィ、ヨアヒムと異なり、この世界における魔法の素養がなかった。ゆえに、なんとなくの感覚でしか受け止められず、装置の運用について直接尋ねることにした。

 

「ソフィ殿、念の為に確認したいのだが……。この結界装置を戦場に持ってゆくことはできるか?」

「この装置は、魔力の吹き溜まりに設置して、大地の力を借りることで結界を創るんだ。あらかじめ儀式や設営も必要だし、戦場で使うのは難しいと思う」


 石柱はあくまで拠点防衛用の設置物であり、移動運用には向いていないようだった。


「ならば着物ジャケットの方はどうだ? その石柱と同じ力があるんじゃないか?」

「うん。防御範囲は着用者に限定されるけど、魔法防御力はほぼ同じだよ」

「そっちを量産したら、強力な軍団を組織できるんじゃないか?」


 セイからすればまっとうな指摘だった。

 しかし、彼女以外の三人は遠い目で倉庫の隅を見つめた。


「……セイちゃん。確かにあのジャケットは、石柱と違って使う場所を問いません。大地の魔力を借りずとも機能します。でも、一着作るのに一年以上かかるんだ」

「な、なんだって?」

「ほら、ショーコが言っていただろう? 月光を浴びせたり、香草を焚いたりすることで魔法の効果を強められるって。あのジャケットの場合、一着分の材料を揃えるのに、四季毎に何度も儀式を重ねる必要があるらしい。実は、レア以外には糸の作り方さえわからなかった……」

「ごめん。わたし、未熟です」

「あのジャケット、いったい誰の為に作られたんスかね?」


 実は世界を救った? 神剣の勇者用の逸品である。


「そ、それでは量産は無理そうだな……」

「どんなに強力でも個人装備だよ。街を守るための結界の方が大切さ」


 クロードはそう言ったが、セイはそっとソフィの方を伺った。

 視線に気づいた彼女は、赤いおさげの前髪に隠して、黒い瞳を片方だけ閉じる。

 どうやら、クロードには内緒で彼用の一着を作っていそうだった。


「クロードくん。ひとつ気になる点があるんだ」


 石柱の解説を終えたソフィが、慎重に言葉を選んで付け加えた。


「ほら、アリスちゃんが、アネッテさんやエステルちゃんと各地の伝承を探したでしょう?」

「教育福祉部の出し物だね。面白かったから、ソフィもあとで見るといいよ」

「うん。それでね、わたしも結界装置の候補地を調べるために同行したんだけど、ルクレ領とソーン領で、ちょっと変わったものを見つけたの」


 ヨアヒムが念写真を配る。そこには先ほどの結界出力装置同様に、魔術文字が彫り込まれた星型の石柱が映っていたが、見るも無惨に破壊されていた。


「大学で解析したら、およそ千年前のものだって。でも、効果は違って、特定神器の魔力反応を阻害するための結界を張る仕掛けなんだ」

「ほう。単純に守るのではなく、より踏み込んだ罠――むしろ封印というものか」

「ソフィ。特定の神器というのは?」


 クロードにはもうわかっていた。わかっていてなお、確認せずにはいられなかった。


「ファヴニルだよ」

「っ」


 クロードは奥歯を噛みしめた。

 偶然ではないのだろう。おそらく神剣の勇者たちはファヴニルを封じた後に、保険をかけた。

 邪竜がその性能を万全には発揮できないよう、各地に封印結界を施したのだ。

 しかし、ルクレ領とソーン領の結界は破られ、レーベンヒェルム領の封印もきっともっと昔に壊されている。

 あるいは、封印はヴォルノー島だけに留まらず、マラヤ半島にすら及んでいたのかもしれない。


「ヨアヒム。ヴァリン領とナンド領に報告書を送れ。公爵とマルクには、僕からも伝えておく」

「了解です。もう準備は出来てます」


 ヨアヒムが通信用の水晶玉を懐から出し、部下になにやらと指示を出し始めた。


「棟梁殿。たとえヴァリン領とナンド領の封印が無事でも……」

「わかってる。セイ、それでも連絡は入れておかないと」


 クロードは声を震わせた。

 思い返せば、ファヴニルにとっては緋色革命軍マラヤ・エカルラートの蜂起と戦争さえも、万全の力を取り戻す為の計画の一部だったのだろう。

 神剣の勇者たち、千年前の先達がマラヤディヴァ国に残したファヴニル封じの楔は、すでに崩れたと見ていい。


「千年前の封印か」


 あるいは……と、クロードは思った。

 うろ覚えの奇妙な夢を思い返す。ファヴニルの盟約者である自分が、彼を視点にした兄妹の物語を垣間見たのは、封印が失われたことによる影響だったのかもしれない。


「僕たちはその存在を今まで知らなかった。そして、失われたことを知った今も、やることは変わらない。ただファヴニルを討つだけだ」

「ああ」

「うん」

「おう」


 クロードの言葉に、セイもソフィもヨアヒムも声をあげて賛同した。 

 真に頼るべき絆は、いまここにある。


「そろそろ時間だね。会場へ行こうよ。クロードくん、セイちゃん、こちらをどうぞ」

「ソフィ姐さん、謹製ですぜ、アンケートは是非、契魔研究所へ」


 ソフィに手渡されたものは、ウサギを象ったクッキーだった。

 立ち昇るバターの香りとなめらかな食感、ほのかな甘みにクロードとセイは舌づつみを打った。



 さて、結果から言うと、ショーコが披露した発明、契魔研究所の出し物は大成功に終わった。

 彼女は、デフォルメしたコック帽を被ったピンク色のウサギゴーレムを創り上げたのだ。


「さあさあ、遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ。これこそはウサギちゃん二号。全国の奥様旦那様大喜びの全自動調理ゴーレムです!」

「チョウリシマス!」


 ショーコの宣言に従って、ピンクウサギが皿にのせられた卵にハンカチをかぶせる。すると卵が手品のように消えて、わずかな時間の後に皿に日傘をかけると、なんとアチアチの目玉焼きがのっていた。


「「オオオオオオオオッ!!」」


 観客は大ウケだった。

 さすがに煮込み料理などの調理に時間のかかるものは不可能だったが、ゆで卵やオムレツといった卵料理や、サラダ、青菜炒め、野菜春巻などを、ピンクウサギは次々と手品のような振り付けで作って見せた。

 クロードも両手を叩いて喝采をあげ、ショーコの実験は大反響のうちに幕を閉じた。

 大天幕に移動したショーコは、堂々と胸をはった。


「どうかしら、クロード。私のサプライズ計画、楽しんでくれた?」

「最高だったよ」


 クロードの賞賛は、偽りなき本心だった。


「魔法って、こういうことも出来るんだ。いいや、きっとこれこそが、あるべきやり方なんだろう」

「技術は人を幸せにするためのものよ。ウサギちゃん二号は、大勢のひとの食事を準備できるの。だから、もしも炊き出しの機会があるなら」

「その時には是非に。感謝する」

「チョウリシマス」


 不意にウサギゴーレムがきしみをあげた。


「ショーコ」

「クロード」


 二人は見つめ合う。


「チョウリシマス……。ギ、ギギギギ!」


 クロードとショーコは見つめ合う。恋愛的な意味では勿論ない。

 隣では、ウサギの耳がねじくれたドリルのような角に変化し、穏やかな微笑は般若のごとき相貌となった。

 きしみをあげてパーツが蠢き、どこか脱力感を漂わせるピンクのシルエットは隆々たるエメラルド色の筋肉へと裏返った。


「ショーコ、これはいったいどういうことかな?」


 クロードがこめかみをひくつかせる前で、ショーコは冷や汗を流す。

 ピンクウサギは、エメラルドグリーンの悪魔像へと変身を遂げてしまった。


「暴走しちゃった☆」

「阿呆かあぁああっ!」

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◆上野文より、新作の連載始めました。
『カクリヨの鬼退治』

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