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七つの鍵の物語【悪徳貴族】~ぼっちな僕の異世界領地改革~  作者: 上野文
第三部/第五章 悪徳貴族と豊穣祭
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第198話 悪徳貴族と豊穣祭『隠された世界の法則』

198


 契約神器・魔術道具研究所こと契魔研究所が開催した『魔術道具展』は、レーベンヒェルム領軍やユーツ領遺臣団も協力する大規模なものだった。

 マラヤディヴァ国内に留まらず、海外からの観光客でひしめき合う一角には、豊穣祭でも用いられている冷蔵箱や、自動洗濯壺といった最新のマジックアイテムが展示されている。

 また塹壕戦で用いられた菱形戦車ゴーレムを改造した、クマ型のショベルドールカーや、キリン型のクレーン人形車といった大型魔術機器がデモンストレーションを実演していた。

 商人たちは喰いつくように冷蔵箱や洗濯壺に殺到し、農民や工員たちは運転手オペレーターが動かすゴーレムを見て感嘆の叫びをあげる。


「……クロード殿。やはりあのゴーレムは、最初から農業や工事用として使うべきだったと思うぞ」

「ごめん。あの時は、本当にごめん」


 クロードが良かれと思って配備した契魔研究所の試作兵器だが、実戦ではほぼすべて失敗作であったという無惨な結果に終わっている。


「でも、あれで実戦情報が得られたから改良することができたんだ」

「その言い分はわかるが、部下たちも命を懸けているんだ。試験もなしの実戦投入は控えてくれ」

「だよね。ぶっつけ本番はいけないよね!」


 この時、二人はあるフラグを立てていたのだが気づくことはなかった。


「ちょうどいい時間だ。セイ、裏に回ろう。契魔研究所までテレポートするよ」

「いいのか? クロード殿、会場を離れても……」

「トップには打ち合わせ済みだよ。このメンバーが揃うのは、あまり知られたくないんだ」


 クロードとセイが転移したのは、契魔研究所の機密倉庫の中だった。

 レアとソフィが協力して魔法防御機構を構築し、彼女たちとクロード、セイ、アリスのいずれかを伴わなければ、入室すらできないという、厳重なセキュリティで守られていた。


「クロードくん、セイちゃん、いらっしゃい。今お茶を入れるね」

「リーダー、会場の方は盛り上がってましたか?」

「遅かったわね。でも、おかげで準備は万端よ」

「ソフィ殿、ヨアヒムにショーコ殿。……ああ、そういうことか」


 セイは、倉庫を見回して得心した。

 施設内には、一目で重要だとわかる無数の魔術文字が刻まれた石柱や、鏡面大盾を持った半人半馬の銅像が引く人力車、量産型飛行自転車などが集められて整然と並べられていたからだ。


「まったく人が悪いな、棟梁殿・・・。祭りすらも囮に使ったのか。製造所から機密兵器を移動すれば、緋色革命軍マラヤ・エカルラートに気取られる危険性がある。だが、領内外の人員と物資が移動する祭りの準備期間なら、まず把握するのは困難だ」


 セイの言葉にクロードは頷いた。

 完成した新兵器が輸送中に強奪されるというのは、物語でもよくあるネタだ。

 特に敵将のゴルト・トイフェル。彼にはやりかねないという凄味があった。


「ただの、モッタイナイ精神さ。それに、こっちだってお祭りに違いない。さしずめ裏・魔術道具展。司会のショーコさん、解説をどうぞ!」

「え、裏とか言っちゃうの。センスないわね」


 ショーコの何気ない一言は、クロードの心を傷つけた。

 クロードくんガンバとか、棟梁殿気にすることないぞとか、リーダーがっかりしましょうと周囲が励ます? 間に、紫髪の少女は白衣を着て簡易の壇上にあがり、フハハと高笑いをした。


「コホン。講義を始めましょうか。じゃあ、まずは異世界人じゃなきゃ気付けない世界法則ルールについて」


 ショーコが呼び掛けると、参加者は静まりかえった。


「そうね、皆はペンを投げた時、なぜ床に落ちると思う?」


 彼女の出題に、セイもヨアヒムも、ソフィも不思議そうに首を傾げた。


「ショーコ殿、なぜって、そういうものではないか?」

「土の魔力がどうのって聞いたことがありますねえ」

「うーん、あるべきものはあるべき場所に返るっていうのが、宗教的な考え方かな?」

「じゃあ、クロードは?」


 クロードはショーコの真意が掴めず、ソフィが入れてくれた紅茶で喉を湿らせて慎重に応えた。


「重力だろ。あらゆる物質は引かれあう。だから、ペンはより重い大地に引き寄せられる」

「そう、それが貴方のいた世界のルールなのね。でも、異なる世界では、そうじゃないルールで成立しているかもしれない。ヨアヒムさんやソフィさんの言ったような、ね」


 物は上から下に落下する。それは地球でもこの世界でも変わらない。けれど、原理までが同じとは限らない。


「もしも世界が宇宙で眠るヘビやクジラが見ている夢だったり、巨大な亀や魚が支える大地だったりしたら、果たして重力とやらは意味をなすのかしら?」


 クロードがショーコに依頼したのは、マジックアイテムについてのアドバイスだ。

 想定外の講義が始まったことで、思わず動揺する。


「ショーコ、頼んでおいてなんだけど、それはただの仮定じゃ……」

「いいえ、クロード。貴方はすでに知っているでしょう。貴方になじんだ物理法則だけじゃないルールが支配する異世界を」


 そうこの世界は地球と異なる。歴史だけでなく、住人だけでなく、法則そのものが違いを孕んでいる。


「意思が文字を介して、現象を書き換える世界。それがここよ。セイさんも以前知りたいって言っていたし、ここに集まった全員に関係があるから伝えておくわ。この世界に隠されたルール、その一端を」


 ショーコの宣言に、クロードたちはごくりと生つばを飲み込んだ。


「この世界に隠されたルール、だって?」

「ショーコ殿。それはひょっとして、貴殿の父君が作った一輪車に支輪をつけたことで、オボログルマの出力が下がったことと関係があるのか」


 亡きドクタービーストが作った一輪鬼ナイトゴーンは、三次元機動を可能にする脅威の発明だった。

 しかし、その形状から不安定で転倒事故が相次ぎ、レーベンヒェルム領では鹵獲機体に補助輪をつけて運用したのだ。

 すると不思議なことに安定こそしたものの、魔力機関の出力が低下して、壁を垂直に走るといった走行が不可能になったのだ。


「そうよ、セイちゃん。目敏いわ。まさにそれこそがルールの影響よ。この世界の魔法は効果を発揮するのに差があるの。具体的には、複雑なからくりになればなるほど効き目が弱くなるわ。そうでしょ、ソフィちゃん、ヨアヒムさん?」


 同意を求めるショーコに、ソフィとヨアヒムは神妙に頷いた。


「うん。ショーコちゃん、そうだよ」

「当たり前すぎて、逆に気付かなかったっスね」

「ということは……」


 クロードは、先ほどのセイとのやりとりを思い出す。


「ショーコ。ひょっとして、戦車が塹壕戦で役に立たなかったのは――」

「複雑すぎたからでしょうね。菱形と無限軌道を利用した、あの造形はよく出来ているわ。だからこそ、合理的過ぎて魔法という神秘を拒んでしまう」

「ショーコ殿、その理屈では、むしろ複雑な機械は魔法防御が高くなるのではないか?」


 割り込んだセイの問いかけに、ショーコは良い質問だとばかりに微笑んだ。


「ええ強化魔法が効きにくいのと同様、弱体化魔法に耐性をもつでしょう。でも、戦場で飛んでくるのは、すでに魔法で書き換わった現象よ。クロード、貴方がいた世界の兵器は、火の玉や雷の直撃を受けても無事かしら?」

「いいや、一発ならともかく連打されたらお陀仏だろう」


 クロードの認識からすれば、そもそも戦車は火砲に耐えるための装甲を備えた機動兵器だ。魔法なんていう異世界案件と戦うために作られたわけではない。

 そういう観点から見れば、間違いなく失敗作だったのだ。


「ン? だったらショーコさん、緋色革命軍や楽園使徒アパスルがマスケットを増産しているのも、技術力が足りないだけじゃないんですかい?」


 ヨアヒムの質問に、クロードはもっともだと気づいてしまった。

 ライフルは、レーベンヒェルム領の機密事項だ。

 だが、これまでまったく敵方に鹵獲されなかった、というのは考えられないだろう。

 それこそ偽姫将軍の乱の際に、情報が敵陣に流出していてもおかしくはないのだから。


「一番大きい理由は再現技術がないからだと思うわよ。無色火薬の製造技術があるのは、このへんじゃレーベンヒェルム領だけみたいだし。そもそもレアちゃんかソフィちゃんが監督しなきゃ、あれを製造するのは困難でしょ。でも、良い目の付けどころね。私の調べたところ、ライフルよりもマスケットの方が魔法と併用しやすいみたい」


 ミズキは、レーベンヒェルム領に味方してからも、ライフル銃ではなくマスケット銃を愛用している。

 こちらの方が肌にあうと言っていたが、それは彼女にとって使いやすい理由があるからに他ならない。


「貴方達の研究を踏まえた上で、私が見つけ出したこの世界の魔法のルールは三つ。ひとつは、高密度高精度の細工が、魔法を付与する際の効果を弱めること。もうひとつは、その逆、古来から親しまれた道具や動物、何よりも人間自身が――もっとも魔法の付与効果を高める造形であること」


 クロードは、ファヴニルとテルのことを思い出した。

 彼らは人間や、カワウソに扮して行動している。それにも理由があるのだろうか?


「ショーコちゃん、人型のゴーレムが一番作りやすいってことかな?」

「そう、ソフィちゃんの言う通り。合理的に考えたら、二足歩行の人形を作るよりも、四足動物の方が安定するはずなの。模型って作ったこと無いかしら?」


 人間は森を出て、道具を使うために進化した。

 しかし、その途上で毛皮を失い、爪を失い、牙を失い、ただ立つだけでも不安定となった。


「でも、魔法で作る場合はこの難易度が一変するの。人型が安定して、次に人間の使う道具や、動物、鳥、虫、魚。そしてダンジョンで見られる幻想動物が続くわ。あと、地を駈けるなら動物が、空を飛ぶなら鳥や虫が、海を泳ぐなら魚の造形が強く加護を受けるみたいよ」

「なるほど、だからドクター・ビーストはシンプルなデザインを優先して、ショーコはサメ」

「イルカちゃん一号よ! ポップでしょう? キュートでしょう。どこから見てもイルカよね?」

「だいじょうぶ、落ち着いて」

「ショーコ殿、むきになってはいけない」


 ソフィとセイがショーコをなだめ始めたが、クロードと視線を交わしたヨアヒムは「あれはどこから見てもサメ」と言わんばかりの表情だった。


「……ふしゅう。さ、最後のルールは素材ね。ハーブを焚いたり、月光にさらしたり、神域で祀った材料は、それだけで魔法の効きが強くなるわ。貴金属なんかもオススメよ。金や銀はもちろん、ミスリル、アダマンチウム、オリハルコンみたいなレアものなら、きっと菱形戦車でも最強よ!」

「足りんわ!」


 クロードは思わずツッコミを入れた。

 だいたいショーコの発言が正しいなら、フレームからネジ一本に至るまでレア金属製の人型ゴーレムを作った方が有効ではないか。

 それはそれで、変な方向に進化したり、搭乗員を取りこんだり、危険な悟りを得たりしそうで恐ろしいが。


(だいたいそんな阿呆な真似をする奴は、部長と会計と痴女先輩。それに――)


 いる。目の前に。いかにもそういう酔狂を実行しそうなトンチキ娘が。


「ショーコ。確か夕方に出し物をするって話だったが、変なものをつくってないよな?」

「へ、変なものって失礼ね。最近遺跡で拾ったエメラルドタブレットを複製して組み込んだけど、きっと安全よ。なにせ私が作ったんだもの!」


 クロードは、危険なフラグが恐ろしい勢いで立っている気配がした。


「色々言ったけど、忘れないでね。今回私が説明したのは、あくまで魔法の効率について。魔力だって有限よ。人間は魔法を使うことで疲労するし、集中力も尽きる。マジックアイテムだって使いきれば終わり。だから魔法の力に頼らない技術は、限界に達した時こそ真価を発揮する」


 ショーコの言葉は、奇しくもセイが指揮をとったボルガ湾海戦が証明していた。

 攻撃に火薬式大砲を用いて防御に魔力を集中したレーベンヒェルム領艦隊は、攻防共に魔力を割り振ったルクレ領艦隊に対し、最終的に勝利した。


「クロード、貴方はこの世界で、この世界の技術と共に新しい可能性を探し続けた。そのあり方を尊いと私は思うわ」

「ありがとう」


 ショーコの瞳があまりに真摯しんしだったから、クロードは思わず懸念けねんを忘れて頷いてしまったのだ。

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◆上野文より、新作の連載始めました。
『カクリヨの鬼退治』

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