第189話 悪徳貴族と神終戦争(ラグナロク)
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千年前の世界大戦で、第一位級契約神器ガングニールを手に、巨人族を導いた若き指導者ヴァール・ドナク。
彼女の前に立ちはだかったのが、避難先のガートランド聖王国出身の幼馴染みだと聞いたらたクロードは、重苦しい気分で口を開いた。
「それは、ヴァールさんが幼馴染みたちに機密情報を流してしまった、ということか?」
「いいヤ。ソッチは、あまり問題視されなかっタ。オレ達巨人族は敗者ダ。国を滅ぼされタ時に軍事情報なんテ全部敵国に渡っている」
テルは、データが格納された宝石を爪でパチパチと叩いた。
水晶玉から出力された画像は特に画質が悪かったが、光輪を連想させる美しい翼が空を舞っていた。
「あのジャーナリスト、よく撮っタと思うゼ。コレがいわゆる秘伝の魔術なんだガ、象徴的な意味がほとんどだっタ。言っちまえバ、ヴァール様でもなけりゃ使いこなせない、拡張性が高いだけのハリボテだ。いくらあの方が優れた指導者でも、子供の頃に不十分な設備で作っタ神器や、伝えタ知識がどれだけの脅威になるヨ? 問題ないト、そう長老たちハ判断したのサ」
なるほど、と、クロードは納得した。
「つまり、ヴァールさんが、伝えた相手が悪かったと?」
「ソウ、なるんだナア」
テルによると、アザード、フローラ、ルドゥインの幼馴染み三人は、聖王国が侵略された初期の戦いで名を挙げて、最新鋭だった航空巡洋艦の乗組員になったという。
「聖王国は専守防衛を掲げてナ、ロクな遠征戦力も持っていなかっタ。それでも、世界情勢が混沌としていたカラ、海外有事の際に同胞を救出できる艦が必要ダって次善の策として建造しタらしい。で、進水式からほどなくして神焉戦争が起こっテ、最前線で戦い続けタ。王国には他に艦隊司令部を担える船がなかっタっていうんダカラ、驚きだよナ」
テルはおかしそうに笑ったが、クロードは苦虫を噛み潰したような仏頂面になった。
いまレーベンヒェルム領が、否、大同盟が保有する艦船で、艦隊旗艦としての役目を果たせるのは、ボルガ湾海戦で分捕った龍王丸だけだ。
テルの口ぶりから察するに、巨人族は千年前の戦いで、相当な戦力をかき集めていたようだ。
「デ、その艦ハ、王国を守るために複数の国々と戦っテ、攻め込んできた当代最強の一角ト呼ばれた超ド級航空戦艦スキーズブラズニルをも撃沈しタ。いくつもの会戦を越えて、艦のベテラン船員は軒並み戦死、神器のコアも破壊されて入れ替えたんダと。旧スキーズブラズニルを沈めて、名前を継いだのは……あの方が創られた契約神器だっタ。盟約者のアザード・ノアもまた若輩ながら、艦長代理に就任シタ」
テルは、わずかに背中を震わせて言葉を続けた。
「でも最初の肩書きハ、艦長代理心得見習戦時特別待遇だっタらしいぞ」
「長いよっ!」
ガートランド聖王国は、どういった意図でそんな肩書きを用意したのか。
「マ、コッチの調査じゃ王国の軍上層部は、アザードを、いいやアノ船を露骨に疎んじていたゼ。フローラとルドゥインを加えた三人が、ヴァール様の幼馴染みで巨人族の技術ヲ使っていルこともバレていたからナ。旗艦に代用できる船を鹵獲した後は、いつ裏切っテモいいように捨て駒扱いダッタ。その癖、名前だけは売れてイタから、学徒動員兵だけ補充して陽動に使われたのサ。ジャーナリストの話じゃ、司令官のエレキウス・ガートランドだけが連中に味方して、補給を用立てテいタらしいゼ」
エレキウス・ガートランド。
いまの世界にも伝わる、ガートランド聖王国中興の祖である。
といっても、マラヤディヴァ国にいるクロードには詳しい事績はわからず、ヴァリン領の大学では出所不明な伝説が山ほど出てきただけだった。
「じゃあテル、スキーズブラズニルの活躍は誇張されただけで、そんなに強くはなかったのか?」
「それがナア。あの船が囮として激戦地に放りこまれるダロ? 各国の名将や猛将が沈めにかかるダロ? それを全部返り討ちにするワケよ? 周辺諸国で、あの部隊についた仇名は死神部隊とか厄病神部隊だッタゼ」
クロードは、セイの横顔を思い浮かべた。なんとなく彼らの強さがイメージできた。
「そういうわけデ、スキーズブラズニルは聖王国近海で暴れまくっていたんだが、遠く離れた戦場にいたオレたちにとってハ、別段関係なかっタ。オレたちが喧嘩を売った神族の国と聖王国は同盟関係ダったから即時開戦したんダが、さっきも言っタように、当時の聖王国には遠征戦力がなかッタ。自国の防衛と、同盟国への支援で手一杯デ、巨人族としても脅威の優先順位が低かったンだ」
テルの言葉に、ひょっとしたらとクロードは思った。
ヴァールは、そのように巨人族を説き伏せたのかもしれない。
幼馴染みの故国を、自らの手で焼かないために。
「あと、ナ。同じ被差別民族だったせいか、それともお国柄か、交渉は出来たんだヨ。民間人は巻き込まないようにしよウ、とか、お互いの捕虜を交換しよウ、とかナ。条約は無視するのが当たり前、合意は覆すのが当たり前って国もあル。あの末期的な情勢じゃア、会話が通じるってだけでもマシだっタ」
クロードとしても理解できる。生き馬の目を抜くような騙し合いが常の外交とはいえ、常に裏切りしか考えないような勢力と付き合うのは、ひどく疲れる。
「ダカラ、オレたちは甘く見ていたんだろうナ。数え切れない国が滅んデ、残っタ国が両手で数えるくらいに減っタ時、オレたち巨人族は聖王国に協力をもちかけタ。ヴァール様の導きで、戦争で亡くなった人々も生き返らせようって。エレキウスは、会談の席でこう答えたヨ」
クロードは、ごくりと生唾を飲んだ。
「我々は、この戦争で愛する家族や戦友を隣人を、多くの同胞を失った。貴方がたは、このうえ彼や彼女の死まで奪う気か。――ってナ」
テルの目は、遠い闇を見つめていた。
「チンドン勇者は、エレキウスを人間の気持ちがわからない冷血野郎トカ、鋼の心で動く王国の歯車トカ言ってこきおろしていたガ、オレにはそうは思えナイ。ヴァール様の護衛として盟約者と同席したオレには、奴の目は地獄で燃える炎のように見えタ」
王国が出した代案は、すべての鍵の破壊か封印だったという。
七つの鍵という神焉戦争の根源的理由を葬り去ることで、世界の維持を目指したのだ。
「オレたちからすれバ、エレキウスの提案は何億人もの死者を見捨てるものだっタ。オレの盟約者は言ったヨ。『それでも我々は、子らが平和に暮らせる未来が欲しい』っテ。エレキウスから返ってきた言葉は、『巨人族が求めているものは、明日ではなく昨日だろう』だっタ。ヴァール様は、交渉を討ち切っタ……」
クロードは、世界の復興までは手を取り合えるのでは、と一瞬だけ夢想して……不可能だと気がついた。
仮に何億人かのひとを復活させることができたとしても、七つの鍵がある限り戦争は続く。下手をすれば、戦死と蘇生を繰り返す無間地獄の扉を開ける愚行だ。
鍵をすべて破壊するか、絶対の神を創造するか、選択は二つにひとつ。
両勢力の落とし所はなくなって、巨人族と聖王国は決戦の舞台に上がったのだ。
「神焉戦争開始からおよそ二年が経った頃、滅亡寸前だっタ妖精族の国が、戦場跡であるモノを回収しタ」
テルが映し出したものは、厳重に封印された禍々しい箱だった。
「テル、こいつは――」
「第一位級契約神器レーヴァティン。ルドゥインが使っタ、もう一振りの鍵ダ」
神焉戦争も末期を迎えて、九つあった大陸のうち八つが沈み、世界人口は開戦前の二割未満まで減少していた。第一位級契約神器もガングニール、レーヴァティン、ミョルニルの三つしか残されていなかったという。
エレキウス・ガートランドは自らの槍、第二位級契約神器ミストルティンを第一位級まで鍛えることで、ヴァール・ドナクに対抗しようと決めていたらしい。
しかし、レーヴァティンが発見されたことで事態は急変する。
妖精族からの連絡を受けたガートランド聖王国は、最後の神器を回収する為にスキーズブラズニルを中核とする艦隊を派遣、巨人族もまたヴァール率いる大規模戦力で迎え撃った。
「実は、第一陣で迎え撃っタのが、オレとレギンがいた艦隊だっタんだが、ボロッボロに負けタ。ありゃア、本気で死神部隊だっタ」
巨人族の先鋒は、聖王国の航空機動隊でかく乱されたところに、スキーズブラズニルの主砲を照射されて溶けるように撃ち落とされたという。
「姉さんを返せーっテ、怒鳴りながら突撃してきた馬鹿がいたわけヨ。なに叫んでるンだあいつ? と首を傾げた時には、中隊が壊滅しタんだゾ? あれがチンドン……ルドゥイン・アーガナストとの遭遇だったんだが、初見では意味がわからなかっタ」
「待ってくれ、テル。その、ルドゥインはどんな契約神器を使ってたんだ?」
クロードの疑問に、テルは大きく首を横に振った。
「使ってナイ。あいつは火の玉みたいに改造シタ翼の魔術ダケで、当時第三位級だっタオレを撃墜しやがっタ」
クロードは二の句が継げなかった。
なにかそれは、根本的な意味でおかしくないだろうか?
「きっとヴァール様しか知らなかっタし、他の誰モ気付かなかっタんだよ。巨人族の秘伝とされた翼の魔術。ソの真髄ハ、魔術自体が神器の役割を担えるコトだっタ。ふつー、神器持ちの盟約者に無手で挑む馬鹿はいないダロ? あの馬鹿はそンな無理無茶無謀を繰り返して、翼の魔術を際限なく強化しテ、ヴァール様以上の使い手になってタんだ」
ああ、うん。とクロードは深く息を吐いた。
黒衣の魔女は、本当に伝えた相手が悪かった。
あるいは、大切な幼馴染みを守るために、最高で最適の結果を出した。
「レギンはレギンで、ヴァール様から魔道鍛冶の手ほどきヲ受けていタから、フローラ・ワーキュリー・ノアにはライバル心を抱いていタんだ。ところが、『愛も恋も知らないひよっこが私に勝とうなんて一○○○年は早い』って、啖呵を切られて叩きのめされタ」
「く、口が悪いんだね。フローラって」
「ルドゥインも、ドン引きダって言ってたゼ」
クロードとテルは苦笑いした。そうでも無ければやっていられなかった。
「レギンは盟約者を庇って撤退。大破したオレは、基地で修理を受けタ。オレの盟約者は、オレ無しでも戦場に立ち続けて逝っタんだと。あいつらしいというカ、死に顔くらい見せていけというカ」
巨人族と聖王国の衝突は凄絶を極め、互いに戦力の大半を失う激戦となった。
ヴァール・ドナクは自らスキーズブラズニルを迎撃すべく出撃したが、その時双方の軍が思いもよらぬ形で水が入ったという。
「ヴァール様は、ルドゥインとフローラを撃退し、アザードの乗ったスキーズブラズニルを中破させタ。そこデ、妖精族側で参戦してミョルニルの盟約者が、戦場に出現した虹の門に接触したンダ」
テルの視線が泳ぐ。カワウソの目は、深い闇をたたえていた。
「ヤッコさんがどういっタ願いを叶えタのか、詳しいコトはわからナイ。失われていた八つの大陸は、船に似タ浮遊大陸として再生されタ。そして、軍事基地や製造プラントにある変化が起きタ」
クロードは、義手となった両腕がわずかに震えるのを感じた。
想像はつく。ついてしまう。だから、その悪意に恐怖する。
「”狂った”。今みたいな人間に仇為すダンジョンに変化したンダ。修理中だったオレも正気を失っテ、怪物と化しタ。世界中の設備がごっそり失われタことで、契約神器の核創造も不可能になっタ。兵器が無くなれば戦争が終わると考えたのカ、共通の敵が生まレれバ争いが止まると願っタのか、それとも心の底デは人類を呪っていタのか」
すまないナ、と、テルは続けた。
神焉戦争がどのような結末を迎えたのか、彼は知らないと。
レーヴァティンと盟約を交わして神剣の勇者と呼ばれたルドゥイン・アーガナストと、スキーズブラズニル艦長アザード・ノア、彼を支えた妻フローラ・ワーキュリー・ノア。
巨人族を導き黒衣の魔女という烙印を押されたヴァール・ドナクと、彼女の妹であり神族の人体実験によって神器と融合したノーラ・ドナク。
最終決戦に立ちあったのは、この五人だったという。
戦いの結果、顕在化した虹の門と世界樹は消滅、すべての鍵もまた失われた。
公式記録による生存者はなし――。
「次にオレが目覚めタのは、このヴォルノー島だっタ。核に届くようなデカいダメージを受けて、偶然意識が戻っタみたいなんダ。慌ててエネルギーを使わないカワウソに化けたンダガ、怪我が酷くてナ。こりゃあ死ンだかと、天を仰いだら酷いモンを見つけちまっタ」
「テル。なにを……見たんだ?」
テルは、疲れたように赤いサンゴを摘まんだ。
映し出されたのは、赤青黄といった原色ハデハデなシャツを着て、ピンクとグリーンの左右で色の違うチューリップのようなズボンを履き、背中には太鼓や笛、おまけにヘンテコな絵図が描かれた旗を背負った男性だった。
「ち、チンドン屋っ……?」
「こいつ、ルドゥイン・アーガナストだゾ」
クロードはパクパクと口を開閉しながら頷いた。
確かにこれは酷かった――。
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おまけのシリーズ作品紹介
本章のメインであり、今話でクライマックスを迎え……詳細を略された神焉戦争の最終決戦ですが。
詳細を望まれる方は是非、七つの鍵の物語シリーズの<エピソード『神話』>をご覧ください。
『悪徳貴族』では、かわうそのテル視点で巨人族から見た千年前の悲劇を描いています。
『神話』では、ルドゥインを主人公に、幼馴染み三人から見た戦いの始まりと終わりを扱っています。
『神話』と『悪徳貴族』でニュアンスが異なる場面がありますが、視点となった人物の所属陣営が異なるためです。
歴史も正義も、立ち会った人物によって様々な色合いを見せるでしょう。真実はきっと、読者方の胸の内にあります。
引き続き、本作をお楽しみいただければ幸いです。





