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七つの鍵の物語【悪徳貴族】~ぼっちな僕の異世界領地改革~  作者: 上野文
第三部/第四章 悪徳貴族と神々の黄昏編
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第185話 悪徳貴族とカワウソの夜

185


 復興暦一一一一年/共和国暦一○○五年 恵葉の月(六月)二七日。

 クロードたちが住む領主館に、新しい家族が増えた。

 今は亡きドクター・ビーストの娘であるショーコと、不可思議なカワウソである。

 カワウソはルンダール遺跡で相対した怪物、オッテルの写し身にそっくりだったが、ショーコがクロードに耳打ちしてとりなした。


「魔力もたいして感じられないし、身体も小さいからきっと無害だわ。しばらく様子を見ましょう」

「そうだな。もう戦いは終わったんだ」


 クロードたちは、アネッテ・ソーンの作った夕食でショーコ達の歓迎会を開いた後、客間でソファに座ってお茶とお菓子をつまみながらくつろいだ。

 そこでアリスが、カワウソに名前をつけようと言いだしたのだ。


「可愛い名前にするたぬ。チェリーとか、ユズとかいいたぬっ」

「アリスちゃん、ベルとか、オーロラもかわいいよっ」


 アリスとエステルは、代わる代わるカワウソを抱きしめながら、これもいいあれもいいと候補を挙げはじめた。

 カワウソは両手に花でひっぱりだこにされて、きゅーきゅー鳴きながら御満悦そうだった。

 クロードはほんの少しやっかんで、ソファから身を乗り出した。


「待ってくれ、アリス。エステル。そのカワウソはオスじゃないか。名前なら僕に任せてくれ」


 クロードとしては、これみよがしに死亡を演出しておいて、ちゃっかり生き伸びていたオッテルに対する悪戯心もあった。


「よし。今日からお前は、ウッソーだ」

「きゅっ!?」


 が、クロードがつけた名前を、カワウソはいたく気に入らなかったらしい。

 彼はするりとエステルの腕から抜け出すと、対面のクロードに向かって絨毯じゅうたんの上を二足歩行で歩き始めた。

 両前肢を顔の前に揃えたその姿は、まるでボクシングでいうところのビーカブースタイルだ。カワウソは客間に集まった一同が呆気にとられる中、軽やかなフットワークで一気に間合いを詰める。


「きゅ、きゅう」

「ま、まさか?」


 電光一閃。クロードのガラ空きだった脇腹に、カワウソは強烈なボディブローをねじりこんだ。

 その後も∞の字を描くように上半身を振りまわし、踊るように左右の連打を重ねる。フィニッシュは、ダウンした顎を狙っての強烈なアッパーカットだ。

 クロードは白目をむいて天井ギリギリまで吹き飛ばされ、キリモミ回転しつつ頭からほぼ垂直にソファに落下した。客室用の高価なソファだけあって、ぶにょんという柔らかな音ですんだものの、そのまま逆立ち状態で床に崩れ落ちる。


「く、クロードくん。大丈夫?」


 ソフィが慌てて杖を手に駆け寄って、レア、アリス、エステル、アネッテ、ショーコも続いた。

 しかし派手なノックアウトにも関わらず、クロードには目立った怪我がなかった。

 無事を察したアリスたちはため息をついて、再びカワウソを囲んで会話に花を咲かせはじめた。


「なるほど、男の子だからタロ? うーん、むずかしいたぬ」

「ニコとか、ケイトなんてどうかしら?」

「サニーっていうのもいいかも?」

「ジュゲムジュゲムっていうのはどうでしょう?」


 ちょっと待ってと、グロッキー気味に起きあがったクロードは、衝撃のあまり咳き込みながら憤慨した。

 きっと無害とは、いったい誰が言い出したことだろう? 魔力がなくても、身体が小さくても、たまたまかすり傷ですんだとしても。こんなパンチを放つ獣は、危険極まりないではないか。


「みんな、その反応はないんじゃないか……」

「たぬっ。変な名前をつけようとする方が悪いたぬ」

「クロードおにいちゃん、いやがることはやっちゃダメなんだよ」

「まあまあ、怪我もなかったし、怒っちゃ駄目。小動物のやることでしょう。さっきの見た? カワウソが立って歩くなんて珍しいわね」

「クロードには、芸術性が足りないわ」


 残念ながら、女性陣の反応は取りつく島もなかった。

 クロードは、ソフィに膝枕されて治療を受けながら、ハラハラと涙をこぼした。

 一方のカワウソは、ザマを見ろとばかりにふんぞりかえったのだが――。

 次の瞬間。いつの間にか気配を消していた侍女のレアが、むんずとカワウソの首を掴み取った。


「きゅ? きゅきゅ?」

「尻尾が輝いて見えるから、名前はテルにしましょう」

「みゃう!」


 どうやらお気に召したらしい。カワウソはよく通る声で鳴いた。

 そうして感謝とばかりに片目を瞑り、恐怖のあまり凍りついた。

 レアの赤い目は笑っていなかった。むしろ憤怒のあまりぐつぐつと煮えたっていた。


「きゅ、きゅう」

「いいですか、テル。領主さまは私の主です。もしも次に手をあげようものなら、……カワウソ鍋にしますよ」

「きゅうう!?」


 テルは手足をばたつかせながら、きゅんきゅん鳴いて抗議した。


「食べられないって、何を言っているのですか。私、野外料理にも慣れていますから。野に住む獣も根菜と煮込んだら美味しいんです。臭みは香辛料とハーブで消しましょう。脳みそは塩ゆでにしましょうか」


 テルだけでなく、その場の誰もが理解した。

 レアはやる。やると言ったらやる。これ以上彼女を怒らせたら、間違いなくテルをカワウソ鍋にしてしまう。


「みゃあ」


 テルは降参とばかりに、四肢の力を抜いてレアに腹をみせた。


「ゆめ忘れぬように。テルさん」

「みゃあ、みゃぁ」  


 テルをしつけたレアは、なぜか輪になって平伏しているアリスたちから目を離して、クロードを診ようと歩きだした。


「?」


 レアの足が唐突に止まる。

 クロードは、ソフィの膝上で治癒魔法を受けながら、だらしなく鼻の下を伸ばしていた。

 けれど違う。クロードではない。その時レアの目に映っていたものは、ソフィが治療に用いた一本の杖だった。


「ソフィさん、その杖は――」

「レアちゃん。これは、ルンダールの遺跡で見つけたの。みずちって言って、ササクラ先生の形見なんだ」

「そうですか……」


 杖を見つめるレアの顔は、いつものポーカーフェイスが崩れて、様々な情念が入り混じった複雑なものだった。



 その夜皆が寝静まった頃、クロードは添い寝するレアを起こさぬよう慎重に自室を出て、テル用に作った中庭の簡易小屋を訪れた。

 カワウソは小屋の屋根に登って、ぼんやりと月を眺めていた。


「オッテル。いい月夜だな」


 カワウソは応えない。露骨にぷんと視線を逸らしてふて寝した。


「そうか。答える気はないか」


 カワウソは客間の大騒ぎを忘れ、いかにも普通の小動物ですよといわんばかりに寝返りをうった。


「じゃあ、仕方がない。レアを呼んでこよう」

「オイやめロ、ばかやめロ、なにヲすル気ダ貴様ァ!」


 カワウソならぬオッテルは、まるでライオンに追われるウサギのような勢いで、クロードの足に必死でしがみついた。


「やっぱり、生きてたんだな」

「オッテルは死んダ。ここにいるのハ、ただのカワウソのテルだ」


 ショーコとソフィの見立てでは、現在のオッテルは契約神器としての力も、怪物化した肉体も喪失して、ただの使い魔に等しいとのことだった。

 オッテルが死に、テルだけが残ったという告白も、あながち間違いではないのかも知れない。


「それならそれでいいさ。でもお前、あの海上で本当に死ぬ気だったろ。どうして考えを変えたんだ?」

「かつてノ約定はすべて果たしタ。一千年は、怪物として生きるにハ長すぎタ。最後に思う存分暴れて終わロウ。そう決めていたのダガ、未練ができたのダ」

「未練って、何だよ?」


 クロードの問いかけにテルはうつむいた。

 感情が極まったからではない。下手に答えると鍋にされそうだったからだ。


「ウム。不良ドラゴンをやめて、ラブリーチャーミーなマスコットとしテ、モテモテセカンドライフを送りたいという新しい野望が生じたのダ」


 クロードはただちに踵を返した。


「テル、短い付き合いだった。明日の鍋パーティで会おう」

「ノオオオオ。お前の血は何色だア」


 テルは必死でクロードの足首にしがみつき、すっ転んだ二人はドタバタと格闘を始めた。


「血の色なら散々見ただろうが。こっちは、お前に何度もステーキにされかけてるんだぞ」

「おいおい、自信過剰にもほどがあるだろウ。どこに肉があるっていうんダ。お前じゃせいぜい、付け合わせのもやしだゾ」

「よしわかった。最後に選ばせてやる。テル、煮込むスープはミソとショウユ、どっちが好きだ」

「だから、お前といい侍女とイイ、オレを料理するのを前提にするのはやめないカ!」

「レアは、あイタっ!」

「きゅう!」


 クロードとテルは互いに盛大に頭をぶつけ、もんどりうって転げ回った。

 

「テル、お前いったいレアに何をした? 今日のあいつはおかしかった。杖をみて泣きそうになるし、風呂からあがったら服の裾をつかんで離さないし、寂しそうに甘えるし。寝かしつけるのがたいへんだったんだぞ」

「そ、それハ」


 テルは、死亡フラグと書かれた旗が一斉にはためくのを幻視した。

 鍋だ。鍋が近づいている。この質問はどう答えても、明日の食卓に並びかねない。


「し、嫉妬ダ!」

「な、なんだって?」

「屋敷を見たガ、侍女は魔法道具を作っているのダロウ? ファフナーの娘が持ち帰った杖、アレはフローラ・ワーキュリーが作ったものダ。あの杖を見て、技術的な嫉妬にかられたに違いない。オレは無関係ダ」


 テルの発言は無理やりで、しかし奇妙な勢いがあった。


「フローラって、千年前の偉人で、技術者だっけ。それにレアが嫉妬した?」


 クロードだって、同じ演劇部の部員には嫉妬と引け目を感じていた。

 地球史を紐解いても、音楽家のサリエリが天才のモーツァルトを憎むあまり毒殺したという噂がたったとか、文人の紫式部が先達の清少納言を日記で辛口に批判した、といったようなエピソードにはことかかない。

 だが、たとえばモナリザを見て、後世の芸術家が「くやしい。レオナルド・ダビンチめ!」と妬むだろうか? むしろソフィのように、過去の名作を目にしたことを喜ぶのではないか?


(でも嫉妬か。ソフィと予定より長く過ごしたり、ショーコを連れ帰ったことが不安だったのかな。そうかもしれないな)


 身に覚えがあったので、クロードは納得することにした。


「オッケー、テル。わかったよ」

「そうカ。オレはもう寝ル」

「待ってくれ。テル、話があるんだ」


 小屋に戻ろうとするテルに、クロードはポケットから小さな水筒を取り出して、紙カップに注いだコーヒーを差し出した。


「教えて欲しい。七つの鍵とは何だ?」

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◆上野文より、新作の連載始めました。
『カクリヨの鬼退治』

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