そして雨が降る 後編
続きは少女が主人公です。
少女は14歳。中学二年生である。
彼女はある問題を抱えていた。それはクラスで噂になっている願いを叶えてくれる部屋に行く方法だった。だがそこで願いを叶えるには自身がある人物に選ばれなければいけないらしい。
それが誰なのかを知る方法が知りたかったのだ。
噂によると神の使いと呼ばれているらしい。確かに人の願いを叶えるのは神のようなもの(悪魔かもせれないが)でなければ無理だろう。そのようなものに仕えているのだから神の使いと呼ばれているのだろう、と推察した。それって神主とはどう違うのかな。
その廃墟は神社ではない。こんな場所で願いを叶えているような神はきっと何か後ろ暗い過去があるのだろう。だから裏路地で怪しいパチモノ腕時計を売るヤバ目のお兄さんみたいなことをしているのかな。ではやはり廃墟にいるのは悪魔という結論にたどり着く。まさか生贄にされるのは。そういえば実際に願いが叶った人間は自分の周りにはいない。聞こえてくるのは友達の兄弟(姉妹)の友達の話なのである。
この話はやはり都市伝説にすぎないのだろうか。
だが神様は役に立たなかった。何度となく願いを叶えるため近くの神社にお参りに行ったといったのに、お賽銭も奮発して100円を三回も入れたのに効果は皆無だった。
もう噂にでも頼るしかなかった。ほかに頼るものがなかったからである。
放課後。帰宅途中少し遠回りして件の廃墟の近くへやってきた。神の使いに会えないかと思ったのだ。
だがそこには意外な人物にあった。
「え、なぜここに」
彼は彼女がここへやって来るのが分かっていたかのように路上に立って彼女の方を見ていた。
「そうか、君だったのか」
彼は彼女がクラスメイトと帰宅途中に立ち寄るファストフードでアルバイトをしていた。高校生なのか大学生なのかは分からないが、とにかく年上であることは間違いなかった。同じクラスの男子とは違い大人びて見えたからだった。しかもイケメン。クラスメイトも彼が目当てでその店に通っていたのだ。しかし名前を聞く勇気は誰も持ち合わせていなかった。だから名無し。
「え?私に何か?」
「うん。そう。君に用があったから待っていたんだ」
彼は自分のことを覚えていてくれた。それは嬉しい驚きだった。彼女と友達は店の常連で何度か個人情報に関わらない些細な事柄(客と従業員的な)で会話をしたことがあるが、まさか顔を覚えていたなんて。
「どういう用でしたか?こんなところで待ち構えているなんて」
というかここへきたのは気まぐれだった。偶然に通りかかっただけなのに、彼女を待っていたというのだ。どういうこと?と彼女でなくても不思議に感じざるを得ない話をしているのだ。
「君は選ばれた。だから待っていた」
「え、ら、ばれた」
唐突に言われればそれがさっきまで願っていたことだったとしても直結するはずもなかった。
「君は何かお願いしたいことはないか?」
「え、お願い、ですか」
「うん。お願い。おれは審査官で君の願いを叶えたいと思った。だから声を掛けた」
「しんさかん?まさかそれってこの近くにある廃墟の事ですか」
「うん。そう。その廃墟の部屋へ導くのが審査官」
じわじわと彼のいう言葉を理解するにつれ突き上げる衝動が声に出た。
「うっしゃ!やった!」もちろん喜びの雄叫びである。
すぐにそれは羞恥心に変わった。彼の前でなんて声をあげてんの、私と。
「元気いいねいつも。店の中でも友達と離れたところから聞こえるぐらい楽しそうに話しているから気になっていたんだ」
「あ、そうですか。恥ずかしい」
彼はニヤニヤしている。決して悪意のないものだったがそれが余計に彼女のプライドを傷つけた。
彼女の顔が真っ赤になった。
彼女の感情の起伏が平らかになり冷静になた頃二人は廃墟に向かった。ちょうど太陽が住宅地の向こう側に沈もうとするところだった。
家屋の中でひんやりとした空気と静寂が二人を包んだ。土足で廊下を奥へ進んで例の部屋へたどり着いた。
「この部屋の中央に立ってお願い事を強く心に浮かべて。おれは外にいてお願いが済むまで待っているから」
「はい。強く願うんですね」
「そう。それでいいと思う」
彼はゆっくりと部屋から出ていった。
薄暗い部屋の中に彼女だけが残された。
かなり不気味だった。外には彼がいるが部屋の中には自分しかいないのだ。
本当に願いが叶うのかしら。ここまで来てこんな事考えてもしょうがないけど。
彼女は躊躇していた。食べたくてしょうがなかったものが突然目の前に現れて、さあ好きに食べてくださいと言われて一瞬ためらう感じ。うまく行き過ぎて現実が信じられなくなるのだ。
声が聞こえた。脳に直接聞こえてきたのだ。
願え。お前の望むものを。そう聞こえた気がした。
しばらくして彼が入ってきた。
「済んだか」
「はい。済みました」
二人で廃墟を出た。すっかり日は落ちて道の街路灯の白い光がぼんやり周囲を照らしていた。
「そういえば」と彼は彼女に尋ねた。「君の名は?」
彼女は名乗った。今度は彼女が彼に名前を尋ねた。
「それは、ちょっと」彼はなぜかためらった。だが内側から逆らい難い力が働いた。それこそ彼女が願ったことだったのだ。彼女はただ彼との距離を縮めたかっただけだった。
彼は自分の本名を名乗った。ここ数年誰にも明かさなかった名前である。
彼女はその名をどこかで聞いたような気がした。それはすぐに記憶のメモリーから引き出され再生された。ここで思い出されるべき記憶ではなかったと後悔した。絶望が彼女を覆い始めていた。それは黒い闇となって視界を失わせていった。彼女は気を失った。
だが彼にとっては好都合な状況だった。久しく遭遇できなかったシチュエーションだ。
部屋と契約した条件だった。
契約成立の契約者を明け渡す。
彼の体に久しぶりの快楽の震えが電気が流れるかのように走った。
部屋の中に雨が降り注いだ。
審査官の願いが成就したからである。本当の契約者は審査官の方であったのだ。
無理矢理感がありましたがなんとか雨は降りました。オチは途中変更。やはり恥ずかしいものは書けないと自覚。