遺伝子的エレクトリック・ラブ
チャット画面表現の為に特殊な表記有。慣れない一人称ですがどうぞよろしくお願いします。
私は人間の屑だ。正確に言えば小学生の頃からパソコンを使える現代っ子で、幼い頃からパソコン弄りが好きで友達と遊ぶよりこっちを取ったのが始まりだ。それが中学生の時に中二病をこじらせてインターネット中毒もいいとこの底辺へと成り下がり、それを治す気力も起きないのでそのまま生活してきてついにJKにまでなったのである。しかし、そんな私でも俗に言う自宅警備員という位までは頂くことができないでいる。その理由はさっきも述べた通り、私がJK、つまり花も恥らう女子高校生だからだ。
義務教育を追え、長かったクソみたいな教育学習プログラムから解放されたかと思えば毎晩涙声で扉を叩く親が「高校だけでも出て欲しい」なんて嘆くから仕方なくやっているお仕事である。でも今思えば「高校だけは」ってどういう意味だよっていう話。あんたらが煩いから中学校を卒業してやったって言うのに、それに輪を掛けて高校へ行け、なんだんてどうかしてる。頭が可笑しいんじゃないのか?
それはまあ、ともかくとして。そんな私は俗に言うヒキコモリという奴だ。いや、そう言っていた方がネット上では活動し易いというのがある。外出は平日の学校登校位で週末に遊ぶような友達もいないので一日中お家にいる。学校にいる時も大概はスマートフォンからアクセスしているし、気だるい体育の時間なんかは仮病を使って保健室でゴロゴロしてる。テストは直前になったらちょろっとだけ勉強をする。とりあえず出席してれば卒業最低限の単位をくれるから問題は無い。
「ねっむぅ…」
高校なんてもんにいって必死に勉強して部活動で安っぽい青春ドラマみたいな恋愛をして、それの何が楽しいのか私にはさっぱり分からないし、分かりたくもない。壁に掛けてある壁時計が午前二時半を指している。
昔は薄暗い部屋の中で短針が十二を越える時間を指しているのを見ると何かいけないことをしているかのような錯覚に陥って慌てて布団に潜り込んだりもしたのだけれど、今ではそんなことは無い。むしろ、日が落ちてからの方が活動時間だと自負しているくらいだ。まあ、こんな生活をしているから学校ではしょっちゅう貧血気味で保健室にお世話になっている訳だけど何も困りはしない。教室で爆睡するのと保健室で爆睡するのとでは、起きた時にほっぺたに横髪のあとがついて赤くなっているかいないかくらいだけだからだ。
そんな私に友達がいるはずも無く、休み時間はスマートフォンをいじり倒してお昼は購買の売れ残りパンを安く買って体育館へ続く渡り廊下の段差に腰掛てスマートフォンをいじくる。予鈴の音で教室に戻れればスマフォ弄りか睡眠学習、その途中で眩暈がすれば保健室へ直行だ。誰とも言葉を交わさずに帰宅するなんてザラじゃなく、いやむしろ誰かと会話をした日なんて新学期の三日間くらいで他は黙りっぱなしだからクラスの人間はきっと私の声なんて忘れてしまっているだろう。
別に、それを悲しいと思ったことは無い。
「うわー、こういう出会い厨はどこにでも沸くもんだなあ」
薄暗い部屋でパソコンを弄くるのは元より視力の弱い私には負担が大きいので室内は明るく、キャスター付きの椅子の背もたれに全ての体重を預けて軽く伸びをすれば蛍光灯の灯りが少し眩しい。散らかるパソコン周りのゴミや漫画を床に落とし、百円で買って来た安っぽいミラーを覗き込めば化粧なんてしたことの無い白い肌…と形容出来ればいいのだけれど病弱から来る蒼白に近い自分の顔はお世辞にもエロゲの美少女要素はどこにもない。
とりあえず少しだけ伸びてきてしまった前髪を横に流して可愛げの無い黒ピンで留めてから再び画面に向き直る。私の目の前にはなかなか大きいデスクトップの画面左側には某動画サイトで視聴中の深夜アニメが、右側にはまだスカイプでコンタクトを取ってから一週間も経っていない一個年上の男子高校生とのスカイプチャットの履歴が流れている。
一応、ネット上での私は病弱少女で高校にはあまり通っていない引っ込み思案な女の子、という設定だ。
何も嘘はついていないし、そういう設定でツイッターやチャットに顔を出しているだけだし誰にも迷惑は掛けていない。むしろ、勝手にフォロワーの妄想対象になってやっているんだから害どころか益をもたらしている位だ。ちょろっとタイムラインに「微熱なう」と呟けば、ネット上の私は頬を上気させて薄らと汗ばむエロゲヒロインにも負けず劣らずな美少女と成り得ているのだから。
そんな下らなくもどこか落ち着けるツイッターという居場所に私が依存するのに、そう時間は掛からなかった。誰とも喋らずに帰宅した私が一言「ただいま」と呟けば顔も声も、薄らと感じてはいる性別だって本当か嘘か分からないような人がどんな状況から「おかえり」とリプライをくれるのかはわからないけれど、それが心地良くて、もう何十年と親にだって言っていない行って来ますとただいまを言う習慣をやめられないでいる。
「なんか今日は疲れたしもう寝ちゃおうかなー…」
そんな他愛も無いタイムライン上でのお喋りからより、距離の縮まるスカイプチャットへと進展する相手は、この男子高校生が始めてではない。現に今、スカイプ画面の左側の「連絡先」には、現実のスマフォの電話帳よりも遥かに多い人間の連絡先が登録されていて、時々はその中の三人を一気に相手することだってある。ある種の人気者だと言い聞かせる度に心のどこかがほっと安堵する。
それにしても、こんな時間帯までツイッターして深夜のちょっとエッチなアニメを見て、それについて仕事帰りでお酒の入ってるサラリーマンと平然とリプライを飛ばし合うような女子高生のどこが良いのだろう、と自分でも思う。僻みでも何でも無くて、自分だったらこんなアニメオタクで根暗で誰とも喋んない化粧もしない不健康な女の子よりも、学校にいるような綺麗に化粧して毎日楽しそうにしてて、放課後と週末は彼氏や友達との遊ぶ予定、バイトの予定なんかで一杯になってる活発な女の子の方を選ぶと思う。それなのに、今に始まったことじゃないけれど、こうやってちやほやされる意味が分からない。
>> 御堂:もう寝ようかなあー
>> 亮輔:みーちゃんもう寝るの?
即座に帰ってくる返事にうんざりしながら、椅子の上に両足を上げ、その膝頭に顎を乗せる。きっと相手もヒキコモリでアニヲタでネット上の「御堂ちゃん」ばっかりを見ている奴なのだ。ツイッターやスカイプでの些細なやり取りは私にとって大切な居場所ではあった。でも、それがこうして自分の私生活にまで侵食してくるのはキライだった。
だから面倒になったらブロックかましてまた平穏な日常を取り戻す。
>> 御堂:だって疲れちゃったんだもん
>> 亮輔:俺と喋ってるのにー?
>> 御堂:ははーw そゆとこ、疲れる
ネット上は顔が見えないから何でもやりたい放題。現実の私の顔を知る人なんていないからなんとなく可愛い雰囲気の顔文字と言葉遣いを散りばめておけば勝手に誤解してくれる。だけど、こうして一度Enterで送り出してしまった言葉だけ、取り返しが付かないのが面倒だ。それさえどうにかなればもう少し利用しやすいのだけど。
そして、悠に十秒たってもスカイプの入力中の鉛筆マークが反応しないと言うことは自分の中の理想の「御堂ちゃん」が言うはずも無い辛辣な発言にショックを起こしてショートしているかブチ切れているかのどちらかだろう。前者であれば取り繕うことも可能なのだけれど、そういうのは面倒なので恐らくコイツはブロック対象になるのだろう。
眠いからへんなこと言っちゃったみたい、とでもフォローして今日はもう落ちよう。そう思って再び画面に目を向けて、思わずぎょっとする。
>> 亮輔:ごめんね、眠いんだもんね。しつこくしてごめんね、嫌わないでいてくれると嬉しいけど図々しいよな。ごめん、おやすみ。
それだけが発言されると同時に、亮輔のログイン状態がオフラインになる。
いつもは自分が行う言い逃げ行為をされたのは初めてだ。とりあえずもう誰とも会話をする気もないのでスカイプを落とし、パソコンの電源も落とす。画面が真っ暗になり、そこに自分の影が映ったのを見て初めて、ツイッターにおやすみツイートをし忘れたことに気付く。充電器にさしっぱなしのスマートフォンから出来ない訳ではないけれど、それも気分ではない。
明日、ちょっと熱が出て早めに寝ちゃったとでもツイートすればいいか、と考えてベッドに転がる。どうして、顔も声も性別も知らない人間の顔色を伺うようなツイートをしているんだろう。どうして顔も声も知らないような人間の為に言い訳なんて考えているんだろう。
馬鹿みたいだ。そんなことが出来るのなら、最初から学校でやってればいいのに。どうしてそれをしなくなったのかはもう分からないけれど、ずっと一人でいると思っていた自分にそんなことが出来るのだと再確認して、苦笑を漏らす。きっとこんな下らないことを考えてしまうのはあの亮輔の言葉と行為のせいだ。
暫くスカイプに上がるのは避けようかな、と考えながら目を瞑る。真っ暗な闇の中に落ちる感覚は、幼い頃からなれないままだ。
「………」
私は意志も弱い。結局一人ぼっちの深夜に耐え切れず、風呂上りのまま性急にスカイプを立ち上げていた。左側に習うコンタクト先はいつもの見慣れた面子で、その中に紛れる亮輔を迷うことなく見つけ出し、チャット画面を開くとすばやくキーボードをタイピングする。
>> 御堂:ねえ
急いでタイピングした割にはたったの二文字しか送信できない。声を掛けたものの、何を話せばいいのか。別に嫌ってない、とでも言えばいいのだろうか。それとも昨夜勝手に落ちたことを責めればいいのか。その全てをぶつけてやりたいのだけれどそのどれもが正解ではないような気がする。こんなに相手のことを思って言葉を捜すのなんて久々のことで、その後の言葉が出てこない。
唾を飲みながら見守った画面で、文字入力中を示す鉛筆マークが動き出す。
>> 亮輔:何?
いつもの亮輔らしくない返答だ。亮輔は年上の癖に私の反応を伺う様な、下手からの発言が多かったのに、こんなぶっきらぼうな返答はされたことが無かった。嫌わないで、と言っておきながら随分な対応じゃないか、と憤る気持ちとは裏腹に、まるで昨夜と立場が逆転したかのような不安が押し寄せる。なんとかして取り繕わなければ、と思うのだけれど言葉なんて出てこない。
当たり前だ。私はこんな風に誰かを怒らせたこと無かったし、怒らせた場合どうすれば許して貰えるのかを知らないのだから。無性に泣き出したくなって目頭が熱くなる。馬鹿みたいだ、これが面と向かってなら言い難そうにしている雰囲気くらいは伝わったかもしれないのに、画面の向こうの相手に何を伝えれば言いと言うのだ。とりあえず何か発言しなくちゃ。そう思ってキーボードに指を添えるけれど、なにも思い浮かばない。
>> 御堂:あの、
>> 亮輔:何
私らしくない。こんなの私らしくない。でも、私らしいってなんだろう。そもそも私って何だろう。名前も発言も偽りだらけの私に何があるのだろう。ついに溢れて零れだす涙が手の甲に落ちるのを感じながら、小さくしゃくり上げる。
>> 御堂:ごめん、
>> 御堂:ごめんね。怒ってるよね、ごめん
怖くて画面が見れない。画面越しでこんなに辛い行為を、どうして周りの人間は対面で行えるのかがわからない。やっぱり、私と周りの人は別の存在なんだと思い知る。
>> 亮輔:…まだみーちゃんって呼んでもいいの?
>> 御堂:うん
>> 亮輔:俺、嫌われてない感じ?
>> 御堂:うん
涙の熱さを感じながら、ただキーボードの「うん」を繰り返し叩くことしか出来なくて。引きつるような嗚咽も震える身体もほっと安堵する左胸から溢れ出る感情の波に翻弄されて馬鹿みたいに涙が止まらない。でも、相手は画面の向こうの人だから、この涙を拭ってはくれない。
きっと、こうやって涙を拭ってくれる存在を求めて人間は馴れ合うんだと思い知る。
>> 御堂:亮輔が、画面の向こうの人じゃ無かったら良かったのになって思った
>> 亮輔:なにそれw
>> 御堂:なんだろねwww わたしもわかんねwwww
亮輔、には悪いけど。こうやって画面の向こうに縋る生活はもうやめなくちゃ行けないんだとどこかで気付いた。こんな風に簡単に泣いてしまうのも、泣いた時どうすればいいのか分かんないのも全部全部自分のせいだと気付いたからだ。もし、今度泣いた時に隣にいてくれる人が欲しいのなら、頑張らなきゃいけないんだろうなって。
>> 御堂:これからはスカイプくる頻度減るかも
>> 亮輔:そっか
>> 御堂:うん。いつかどっかで会えたらいいね
>> 亮輔:そう思ってくれて嬉しいよ
>> 御堂:それじゃ、ばいばい
>> 亮輔:またね
あれから二年が経って、私は大学生になった。なんだかんだで出席日数が足りていたことと後半からの巻き返しが間に合ったらしく全うな大学へ通うことが出来た。遅いも遅すぎて笑い話にもならないけれど、高校デビューならぬ大学でビューを果たした私のスマートフォンにはサークル仲間や同じ授業の友達、ゼミの先輩で埋まっている。
もう、あの頃のスカイプ連絡先よりも遥かに多い。
時々、心が折れそうにもなったけれど。その度に隣にはいろんな人がいてくれた。それは高校で初めて出来た友達だったり、ちゃんと会話の出来るようになった両親だったり。今まで自分一人で生きていると思っていた頃が恥ずかしくなるくらいたくさんの人に支えられていて、自分から見つめればたくさんの人が手を差し伸べてくれていたんだ。
それに気付いてからは、ちょっと恥ずかしさもあるけどその手を借りながら歩き出すことが出来た。今の私ならきっと、亮輔に会えてもちゃんと顔向けできるだろう。
「………っ、」
未だに身体は弱いままだけれど、それを気遣ってくれる友達のおかげで大学生活にも不便は無い。教室移動を、身体の弱い私に合わせて五分前から付き合ってくれたりする。そんなのは以前の私の周りには無かったものだ。
次の授業は、友達と一緒に移動できない数少ない授業で少し立ち眩むと一人の恐怖に襲われる。それは、誰の手を借りなくたって生きていけると虚勢を張っていた頃の緊張感が戻ってくるからなのかもしれない。
「―――…大丈夫?」
「あ、すみませ、ん。ちょっと立眩み…」
「そっか。次、授業何? 一緒に行くよ。それとも、医務室の方が良かったかな」
「だ、大丈夫です…次の授業、一番遠いF館なので、悪いです」
「F? なら俺と一緒だ。迷惑じゃないなら、危なっかしいから付き添わせてよ」
少しチャラい雰囲気を感じさせるその少年は、立ち眩んだ私の腕を掴んだまま話そうとしない。ネットでも現実でも出会い厨のような軽い男は耐えないものだな、なんてことを思いながらやんわりとその腕を払う。
途端にしょんぼりとされてしまうので、何故かこっちが悪いことをしたような気持ちになる。
「あ、あの、大丈夫ですから…!」
「ご、ごめん強引だったよね、嫌わないでくれると嬉しい…な。俺こうやって人と話すのまだ慣れて無くてさ」
「…わ、私も急で吃驚しただけで…あの、あなたがいいなら、F館まで一緒にいってくれます、か?」
本当に目に見えて落ち込むものだから思わずそういってしまう。後になって考えればそういう手口なのかもしれない、なんて考えられたのだけれどその時のその態度と慌てて口をついて出てきた言葉があまりにも彼に似ていたから、邪険に出来なかったのだ。
「良かった! あ、そうそう。俺亮輔っていうの。君は?」
「―――…、わたしの名前、は」
(2012.01.30)