<5>
どれもが微妙に模様が違い、けれど全てが白の数多くある部屋の一室で、老けた医者はうなっていた。
ぎしり、と木製の椅子がちいさく鳴く。
「なぜ、あんなところに……」
顎をなでて首をかしげていると、
「どうしたんだ? ローマス」
扉を開け入ってきたカイは不思議そうに問う。
「おや、カイ様」
「フィレア様の服を持ってなにうなってたんだ?」
フィレアの診察にあたっていたローマスの手にある、血まみれの服を見る。
血は今ついたばかりのように赤くはなく、時間が経ち黒く変色して固まり、服はところどころ切り刻まれ一番大きく裂けているのは背中だった。
そこには大量の血が――フィレアの血がついている。
「いえ。……フィレア様を見つけたのはカイ様ですよね?」
「ああ」
「なぜ、あんなところに倒れていらしたのでしょう?」
「あんな所?」
小首をかしげるカイに、老医者は静かに頷いた。
「ここから何キロメートルも離れています。しかも何もない草原で、フィレア様は一人でいらしたのですよ」
カイの脳裏にあの日の映像がよみがえる。
まずは近場からだと、城や国からそう遠くはないところを探しあたった。けれど、フィレアは見つからず、捜索範囲を広がせた。
そして一番最初に発見したカイは、青々とした草に埋もれ、全身を血で染めたフィレアに息を呑んだ。
ぴくりとも動かないその体に、カイの不安は増し震える足取りで近づいた。
幸い呼吸はしていた。カイは安堵し、急いで城へと運んだのだ。
だが、今思い出すと不思議でならなかった。
何も無い草原だ。ましてやここから離れすぎている。そんな場所に一人で、ましてや誰にも告げづになど――
「カイ様」
思考の波にとらわれていたカイはローマスの声で我に返った。
「そのとき、周りには誰もいなかったのですか?」
「あ、ああ。たぶん……」
あのときはフィレアのことで頭がいっぱいになり、周りのことをよく見ていなかった気がする。
誰かいなかったかと聞かれれば、素直にいなかったとは言えないだろう。
語尾を濁したカイはフィレアの着ていた服に視線を落とす。
無残に切り刻まれた服は、今現在彼女が着ているものと全く同じもの。
お気に入りだといっていたその服は、念のためにと以前フィレアが二着買っていた。
「姫様……フィレア様は、何の用でそこへ……?」
ぽつりとローマスがつぶやく。
「わからない。でも、フィレア様を斬った奴は俺が見つけ出す」
つぶやいた老医者の言葉に、カイは前を見据えて答えた。
その瞳に宿るのは、深い後悔の念。
そんなカイをちらりと見て、わずかに眉をひそめ、諦めたような口調で言った。
「そうですねぇ。結局の所、一番動けるのはカイ様とヴェント様だけでしょうから」
「やっぱりそうなるか……。まぁ、任せる気もないけどな」
老医者はちいさく頷いた。
代々伝わるローディア家の末裔であり、現神様のフィレア。
一見幸せそうに暮らしているように見えるが、そういうわけでもなかった。
彼女にではなく、この国自体に反感を持つものも少なくはない。そんな者たちから狙われる対象となるのは、今この国の一番上、神様であるフィレア。
それは、記憶を失ったからといって変わるものではない。
そもそもあまり表舞台に立たなかったフィレアの顔を知る民はあまりいない。ある日突然いなくなったことと、記憶を失ったことだけは伝えられていた。
けれど、反感を持つ者にはそんなことは関係ない。むしろこのことを喜んでいるのかもしれない。
何も知らない彼女を、利用できると。
そんなフィレアを真に守れるのは、おそらく――