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楽園の果て  作者: みづき
一章
6/28

<4>

 軽やかな足取りで、フィレアは目を見開かせてあたりを見回していた。

 動くたびに彼女の胸にはちいさな金属音がする。

 それはフィレアが起きた時から身につけられていたもので、エレナに聞くとそれは自分がとても大切にしていたものなのだと聞かされた。

 見ただけで安物とわかるそのネックレスは、不思議と愛着がわく。どうしてこれを持っていたのか彼女にたずねたが、何も知らないという風に首を振るだけだった。

 フィレアはそっとネックレスに触れ、視線を戻す。

 広々とした空間に、楕円状の天井やいくつもある大きな扉。長く続く廊下に所々細かな模様が彫られている壁、全てが白を基調とした内装で、そこはまさに異国というものだった。

「そんなに珍しいですか?」

 あちこちを見ては感歎の声を上げるフィレアにエレナは苦笑する。

「だ、だって……」

 珍しいというものではない。

 こんな建物はそうそう見れるものではないだろう。

「以前のフィレア様は慣れていらしたのですけれど」

「ねえ、その……私って、いなくなってたの?」

 目覚めたとたんに大騒ぎになり、皆口々に無事でよかったと言っていた。

 それは長い間自分がここにいなかったということ。

「そうですよ。ある日ぱったりと。どこを探してもフィレア様はおられなくて……皆で大騒ぎだったんですよ」

「それって、どのくらい……?」

「ちょうど一ヶ月です。本当に……今まで、どこにいらっしゃったんですか……!!」

 一ヶ月。それはあまりにも長い時間。

 その間、姿もない〝フィレア〟を、何人の人が心配したのだろう。それを考えることは容易だった。

「ごめんなさい」

 薄っすらと涙を浮かべるエレナに、フィレアは謝った。

「もう、どこにも行かないでください……」

「うん」

 何人の人が、どれほどの心配を――彼女も、その人たちの一人だったのだろう。

 涙を拭い、気を取り戻したエレナは少し恥ずかしそうに笑い、

「次に行く場所ですけど、温室と図書館どちらがいいですか?」

 そう言ってフィレアの手を引いた。

 楽園と呼ばれるこの国。

 度々訪れる旅人から、そのまた旅人へ、この国に来た人たちが伝えていくのだ。あの国はまさに楽園だと。

 国の象徴であるフィレアの暮らす城は、たくさんの設備が整えられ、一般の人でも開放されている場所がある。

 全てを白を基調とした内装で、来る者は皆心を癒された。

 さらに、このグラード国は驚くほど平和なのだ。

 長い間戦争も無く、人々は平和に暮らしている。下町も、皆ほとんど不自由なく生活していた。ある一部の場所を除いては。

 けれどそれは観光客や旅人が訪れるような場所ではなく、この国に住む民でさえもその場を避けるようにして一度と行くことは無かった。

 そんな平和で綺麗なところを見て、〝楽園〟と呼ばれるようになったのだろう。

「図書館というよりも資料室と言ったほうが正しいですね。資料室にはたぶんエルダ様がいらっしゃるかと」

 綺麗に掃除された廊下を歩きながら、フィレアの歩調にあわせているエレナが口を開く。

「じゃあ資料室からお願いしてもいい?」

 彼女の問いににっこりとエレナが微笑んだ。

 可愛らしいその顔に、フィレアは頬を緩めた。

 髪を無造作にくくり、服に対してあまり気を使っていないようだが、可愛らしい顔をしている。きっときちんと化粧をし、服を見立てれば見違えるほど綺麗になるだろうとフィレアは思う。

「さあ、着きましたよ。ここが資料室です。一般公開はされていますが、今は時間外ですね」

 周りとは浮きだって見える古めの扉に、資料室と書かれたプレート。

 この部屋以外はすべて綺麗にされているのに、ここだけがどうしてか古ぼけていた。

「ここに置かれている書類や本は量が多すぎるので、他の部屋に移したり出来ないんです。貴重なものもありますし、なくなったら大変ですからね」

 フィレアの疑問に気付いたかのように、エレナは苦笑した。

 ぎい、と音をたてて扉を開けた。

 湿ったような、カビの臭いのようなものが鼻にまとわりつく。

「あれ、フィレア?」

 その臭いに僅かに眉をひそめたフィレアの耳に、男の声が耳朶を打つ。

「フィレアと、エレナも。珍しいな」

 たくさんの棚に、溢れかえるような本。その中に佇む男が片手を挙げた。

「えっと……?」

 歳は二十歳半ばだろうか。慣れ親しんだように話しかけてくる男の口調にフィレアは言葉に詰まった。

 自分が記憶を失っているということを、彼は知らないのだろうか。

 だとすれば、ここは言ったほうがよいのか。

「ああ、知ってるよ。記憶を失くしてるんだって?」

 あれこれ考えている彼女に、男は優しく微笑みかけた。

「様子がおかしいって血相変えたカルサが言いに来たんだ」

「そう、なんですか」

「うん。だから気に病むことは無い。君のせいじゃないんだからね」

「……はい」

 ちいさく頷くフィレアに、再びエルダは微笑んだ。

 片方の手に持たれた分厚い本をぱたりと閉じる。

「自己紹介、したほうがいいかな? 私はエルダ。情報処理のような仕事をしている。この城や国のことならすべて把握しているんだ」

「情報処理?」

「うん。殆どこの資料室にいるから、何か聞きたいことがあればここに来るといい」

「は、はい。ありがとうございます」

 にっこり微笑んだエルダに、エレナは眉をしかめた。

「エルダ様には申し訳ないんですけど、私、ここはちょっと……」

「おや、エレナは嫌いかい?」

「き、嫌いというわけではないんですけど……この空気が、少し」

 資料室には古い本が混じっているせいか、微妙な空気が漂っている。あまり本が好きではないエレナにとってはあまり好んで行く場所ではないだろう。

 言葉を濁したエレナに、男は苦笑した。

「ところで、なんでここに?」

「フィレア様を案内していたんです。それで、ここに」

「そうか。じゃあ、もう温室には行ったのかい?」

「いえ」

「今はきっと綺麗な花が咲いているよ。カルサが一生懸命育ててたからね」

「……カルサはそれしか出来ませんから。もっと使えるようになるまで、私がこき使います」

 嫌味をふくめて言うエレナを見、エルダは視線を動かした。

 途中から会話に参加しなかったフィレアが、いくつもある棚に押し込められた本や書類を興味深そうに眺めている。

 そんな彼女を見て、エルダは瞳を細めた。

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