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「ささ、これなんてどうですか?」
エレナの手に持っているフリルが数え切れないほどついているワンピースに、フィレアは勢い良く首を振った。
「そうですかぁ……? では、こちらなんかは?」
フィレアが拒否したことに気を悪くした様子はなく、また次の服を引っぱり出す。
けれど同じクローゼットの中に入っているのは、どれも同じようにフリルがつき、どこに着ていくのだと問いたくなるような派手なものばかりだった。
エレナはフィレアが気に入らなかった服を次々とベッドの上に放り投げる。
「わ、私はこっちの……」
エレナが覗き込むクローゼットの隣にある、もうひとつのクローゼットを開けた。
そこには今彼女の着るシンプルで動きやすそうな服が揃っていた。
その中の一着を手に取り、自分の前に当てる。
「そんな質素なもの……」
これといった装飾もなく、殆どが無地の服を楽しそうに比べているフィレアに不満げに頬を膨らます。
「あ、これがいい」
たくさんある服を掻き分け、ひとつの服を手に取った。
他の服と同様、動きやすそうな、柔らかな布地で作られた服。城に住んでいる、いわゆるお嬢様などが着るようなドレスものではなく下町に住む民が着るような服。
自分の胸元に押し当て、満足そうに微笑むフィレアにエレナが苦笑交じりのため息をついた。
「やっぱり、着てくれないのですねぇ」
「え?」
「こちらのクローゼットにある服、すべて私が注文した服なんですよ。けれどフィレア様、一度も着てくださらなくて……」
だから、記憶をなくした今のフィレアなら着てくれるのではと思ったのだがやはり無理だった。
記憶は無くても、やはり彼女は彼女なのだ。
「フィレア様は、変わっていませんね。その服、一番のお気に入りだったんですよ? よく着ていました」
今と全く変わらない、けれどフィレアの纏う空気が少し違っている。
以前のフィレアの姿がエレナの脳裏を掠めた。
「お気に入り?」
「ええ。なんでも動きやすいとか何とか……私は不満だったんですけど、カイ様とヴェント様はそれでいいって」
以前の彼女は服へのこだわりが凄かった。
動きやすさはもちろん、軽く、多少のことでは切れないものがいいと、いつも服を注文している服屋にこと細かく言っていた。それでも気に入ったものではなかったときには、自ら下町へと足を運び、あちこちの店を物色しては買いあさっていた。
現在、記憶を失くしているフィレアの大人しめな性格と殆ど変わらないが、活発な一面を持ち合わせていたのだ。
やれやれというように、エレナは軽く首を振った。
フィレアは小首をかしげ、不思議そうにつぶやく。
「カイ様とヴェント様……?」
「はい。カイ様とヴェント様は、フィレア様を守る――守護する者なのですよ」
とある一室の扉を音もたてずに閉め、少年は息を吐き出した。
「どうした、カイ?」
「いや……」
カイと呼ばれる少年は虚を睨んだ。
「フィレア様が記憶を失くした原因って、俺たちだよな。ヴェント」
「……」
ヴェントは顎に手を当てた。
「さっき医者に聞いたのだが、フィレアの着ていた服には大量の血がついていたらしい。だが、診察した体には傷ひとつ無いという」
「……俺も聞いた。〝力〟を使ったんだろうな。だから、記憶を……」
「そのせいかどうかはわからない」
「だけど、フィレア様を危険な目にあわせたのは俺たちのせいだろ? 守る、立場なのに」
代々、ローディア家の〝神様〟には二人の守護がつく。
それはローディア家の女が受け継ぐ〝力〟を狙ってくる輩から守るため、そしてさまざまな災厄から守るためにと、定められたからだ。
けれど、カイとヴェントはそれが出来なかった。
守るはずのフィレアを危険な目にあわせ、記憶を失わせた。
「カイの気持ちは分かるが、もうひとつそれ以上に重要なことがある」
鋭く細められた目が、カイを捕らえた。
「フィレアが傷を負ったという事は、誰かが傷を負わせたということだ」
「っ――!!」
「また襲ってくる可能性もある」
「……城に、か?」
「どうだろうな。とりあえず、城の警備は厳重にしておく」
ヴェントの言葉に、カイは頷いた。
踵を返し部屋から出て行ったヴェントを確かめ、手に持たれた短剣を少し抜き、ゆっくりと双眸を閉じた。