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少女は医者をまじまじと見た。
からかっているのだろうか。記憶が無い自分を。
「疑いをお持ちですか」
苦笑する医者に、少女は口を引き結んだ。
疑いがないという方がおかしな話だろう。
「嘘ではありませんよ。からかっているわけではありません」
まるで彼女の心を見抜いたかのように、医者は言葉を続ける。
「フィレア様。それがあなたの名です」
「フィレア……?」
それが自分の名前だと。目の前の医者は言うのだ。
戸惑いつつも何度も口の中でその名を転がす少女――フィレアを見ていた少年たちは微笑する。
「では、フィレア様――」
「フィレア様!!」
腰を浮かした小柄の少年の声に、甲高い少女の声が重なった。
扉が壊れそうなほど勢い良く開け、その勢いのまま両腕を広げフィレアに抱きついた。
「フィレア様!! よかった、ご無事で……!!」
力強く抱きしめ、半ば固まっているフィレアを何度も抱きしめる。
「ああ、本当にご無事で!!」
「エ、エレナさん! ちょ、ちょっと!」
一度放し、そして再び抱きしめようとした少女、エレナを少年が慌てて止める。
「なによ、カルサ」
止めに入った小柄な少年、カルサをぎろりと睨みつけた。
吊り上がったエレナの目に、びくりとカルサが震える。
「あのっ……」
エレナに抱きしめられ、その腕の中に埋もれているフィレアがもごもごと必死でなにかを訴えた。
「あ、あの!」
苦しい。
必死で少女の腕をほどこうと暴れていると、フィレアがほどくよりも先に彼女の体に絡まっていた腕がするりと抜けた。
「す、すみません。つい」
エレナに開放され、安堵するフィレアに頭を下げた。
下げた頭を戻す際、無造作に束ねられた髪が揺れる。
フィレアは酸素を肺に送り込み、何度かむせた後目の前にいるエレナに視線を戻した。
見た目は、同じ年くらいだろうか。
少し気の強そうな目をしていて、動きやすさを主した作りの服装で所々なにかの汚れの跡がついており、作業中だったのか袖は捲くられ白い腕が露になっていた。
エレナは見つめてくるフィレアに不思議そうな顔をし、すぐになにかを思い出したように言葉を発した。
「忘れておられるんでしたよね。……私はエレナと申します」
「エレナさん?」
にっこりと微笑むエレナの表情に、少しだけ悲しさのようなものが見えた。
それはここにいるフィレアを除く全員の表情に表れているもの。
フィレアはその表情の意味を探ろうとしたとき、
「フィレア様、また後日来ますが……くれぐれも無理はなさらないように」
まるで懐かしむような眼差しでフィレアたちを見ていた医者は念を押し、荷物をまとめて部屋から出て行った。
扉が閉まると同時に、エレナはフィレアの手を取り立ち上がらせる。
「ではフィレア様! まずは御召しかえですね!」
そう声を弾ませたエレナは、少年たちを部屋から追い出し大きなクローゼットを豪快に開けた。