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「本当に、覚えていないのですね?」
「はい……すみません」
白衣らしき物を着た皺だらけの老医者の言葉に、少女は申し訳なさそうに頷いた。
「謝ることではないのですよ」
ゆったりとした、温かみのある声に再び少女が頷く。
医者は座っている椅子から腰を浮かし、体を反転させる。
「やはり、記憶喪失ですね……どうなされますか?」
「どうするもこうするも、なぁ……」
小さく開かれた医者の目に映るのは、項垂れた少年が三人。
そのうちの一人が、ちいさく呟き椅子から立つ。
「失った記憶を取り戻す手立ては、あるんですか?」
少女に寄り添うように座る少年が不安げに聞いた。
先ほど、彼女の部屋へと訪れた少年だ。
少年は少女の様子に違和感を感じ、医者を呼び、ここにいる二人の少年も部屋へ呼んだ。
そして医者が診察し――出た答えが、
「記憶喪失ということは、なにかの拍子に思い出すしかないだろうな」
椅子に腰掛ける整った顔立ちの少年が言う。
数秒の沈黙を置いて、椅子から立っていた少年がうめき声をあげた。
「あー、もう!! っていうかなんで記憶喪失になったんだよ!?」
苛立った声を発し、力任せに汚れひとつ無い床を蹴る。
鈍い音が響き、痛みが足へと伝わる。それさえも、今の少年には苛立ちへと変わった。
「それはですね、カイ様――」
小さく唸る、カイと呼ばれる少年に医者が声をかけようとしたとき、
「あの……」
話の中心である少女がおもむろに口を開いた。
宙をさまよっていた複数の視線が、一斉に少女に向けられる。
「あ、あのっ……私……」
向けられた視線にうろたえ、徐々に小さくなる声。
困惑した瞳は左右に揺れ、言葉を探すように口はちいさく開閉している。
「わ、私……」
少女は口ごもる。
どうすればいいのかわからなかった。
どこかに倒れていた自分をここまで運んできてくれたんだろうと思っていた。
けれど、突然医者を呼ばれ、あれこれと色んなことを聞かれた。そのすべては、自分の知らないことばかり。
知らないはずの目の前にいる少年たちは、優しさや慈しみのある瞳で自分を見る。
何が何だかわからない少女は、ただその視線に戸惑うばかりだった。
「フィレア様。あなたには記憶が無い。どうして記憶を失うことになったのかすら、わからないのでしょう」
「え……?」
医者は言葉を紡ぐ。
いまだ困惑し、怯えた表情をしている少女に優しく言い聞かせるように続けた。
「あなたは、フィレア・リン・ローディア。この国の神様なのですよ」