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楽園の果て  作者: みづき
三章
27/28

<10>

 男は荒々しく舌打ちする。

 光を失っていく路地裏を突き進みながら、男は小さく悪態をついた。

「記憶失ってんじゃねぇのかよ」

 デマだったのかと眉をひそめるが、あいつの情報は正確だと思いなおす。

 ならば。

「……記憶を失ってても、所詮は同じか」

 男はぬるく笑う。

 女――フィレアの瞳は本気だった。

 張り詰める空気も、フィレアが出す存在感もすべて、懐かしい記憶と重なる。

 守られてばかりの、弱い少女だと思っていた。

 実際記憶をなくしてからのフィレアは常に周りに人がいて、守られ、そしてその中で彼女は小さく丸まっていたのだ。何も出来ない、弱い少女。

 不思議な力を持ったばかりに神様と奉られ、頑丈な檻の中で戦いが終わるのを待っている。

 ――そう、思っていた。

 だが違ったのだ。今日会ったフィレアという少女は、迷いなくカイと自分の間に入ってきた。

 凛とした空気。有無を言わせない言葉とその眼差し。

 すべてが男の思っていたフィレアという少女とはかけ離れていた。

「楽しませてくれんじゃねぇか」

 クツクツと喉の奥で笑う。

 一度剣を弾いた少女だ。もう一度手合わせをしてみたい。

 だが、そうするにはまずあの二人の撃破が絶対条件となる。カイという男は挑発に乗ったが、もう一人の男はわからない。

 手出しをするでもなく、後方でフィレアを守るようにして立っていただけだ。

「……あいつに言えば、何人出してもらえるかな」

 男の脳裏に、巨大な剣をいとも簡単に振り回す男がよみがえる。

 カイに言った言葉は嘘だ。刺した感触も、その時の彼女の表情など知らない。

 だが、それは見ていたのだ。

 あの男の後を追って見たものが、カイの心を揺さぶるものだと知っていたから。

 だから、嘘をついた。

 遠く離れていた男にも届いた血臭。穏やかな風に乗って運ばれてくるその匂いの正体は、無造作に横たわっていた。そして、それを下卑た笑みとともに見下ろしていた人物も。

「――待ってろよ」

 にたりと男が笑う。

 あいつが殺し損ねたのなら、自分が殺せばいい。

「引きずりだしてやる」

 残酷で、けれど己の欲望に忠実な顔をした男の声は、暗い路地裏に消えた。

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