<7>
「じゃあ私はここまで」
威圧感の漂う扉の前でエルダは手を振る。
「はい、ありがとうございました」
「うん。じゃあ」
遠ざかるエルダから視線をはずし、フィレアは扉を見る。
大きくがっしりとした印象の扉はまさしく国王の部屋というに相応しく、それを守るようにして立つ兵士は突然来た二人に驚くこともせず、フィレアに頭を下げていた。
ゆっくりと歩み寄り、そっと扉を押す。
ちらりと横に視線を投げるも、兵士はこちらを見ることもなくただ頭を垂れていた。
「……お父さん?」
フィレアは小さく呼びかける。
初めて入ったダヴィンの部屋は驚くほど広く、この中で十分暮らしていけるほどだった。
部屋から出てこないのは、こういった意味もあるのだろう。
「お父さん?」
そこではたと足を止める。
こちらに背を向けるようにして椅子に座っているダヴィンは窓の外をじっと見つめて微動だにしない。
重い空気はダヴィンから発せられているもので、強い拒絶の意が感じられた。
フィレアは息をのむ。
「……やはり、来たか」
数秒の沈黙の後、ダヴィンが静かに口を開いた。
ゆっくりと振り向くダヴィンの顔を見て、わずかにフィレアの瞳が揺れる。
この人が、父親。
記憶もなく、記憶があった状態だとしても滅多に顔を合わせることのなかった父親。
けれど、不思議と懐かしいという感情が沸き起こる。
「お父さん」
フィレアを見つめるダヴィンはどこか悲しそうで、辛そうで。
揺れ続ける瞳はやがて伏せられ、
「お前は……」
と、ぽつりと呟いた。
重い沈黙。
それをごまかす様に、フィレアは本を抱きしめる。
「それを、見たんだな」
「……うん」
「お前は――何をしに来た」
低い声。それは何も言わせないという意味が込められているようだった。
フィレアは深く息を吸う。
目を逸らしてはいけない。きっと、思い出さないほうがいい記憶。
でもだからと言って目を背けることはできない。
顔を上げて、まっすぐダヴィンを見つめた。
「お父さんに、会いに」
「会ってどうする? 俺は、お前になど……」
ふっと自嘲のような笑みをこぼす。
「帰れ」
「……嫌」
「帰れ。……コラッド」
首を振るフィレアから視線をはずし、扉に向かって声をかける。
一瞬の沈黙の後、するりと扉からコラッドが部屋に入ってきた。
「こいつを部屋につれて行け」
「……はい」
何かを言おうと口を開き、けれど結局何も言わず、コラッドはフィレアの腕を引く。
「ま、待って! 私はっ――」
「コラッド」
「は」
腕を引かれ、それでも動くまいと足に力を込めて踏みとどまろうとするフィレアにコラッドは強く腕を引く。ぐらりと揺れる体を立て直したときにはもう強引に腕をつかまれ引きずられていた。
肩越しに振り返ってダヴィンを見るが、彼はすでに背を向けていた。
顔をあわせたのはほんの数分。一人娘と会っているというのに、彼はこれ以上見たくないというように背を向けているのだ。
思った以上に――父と自分の関係はよくないらしい。
「待って、コラッドさん!」
部屋を出、それに続く廊下を歩いていたコラッドに声をかける。
「……フィレア様。お言葉ですが、ダヴィン様とお会いしてどうするおつもりでした?」
「え?」
「ダヴィン様はあなたのそのお力のことをよく思っていない。おそらく、アリア様の件があったからでしょうが」
ぴたりと足を止めて振り向くコラッドの顔は、わずかに歪んでいた。
「お会いして、こうなることは目に見えていたでしょう? なのにどうして――」
――ああ。どうして皆、そう言うのだろう。
拒絶されるのを知っていて、否定されるのを知っていて、それでもなおダヴィンと向かい合おうとするフィレアに皆は疑問を投げかける。
その答えは、決まっているのに。
「会いたいからです」
はっきりとしたその口調にコラッドが目を見開く。
「国王以前に、あの人は私のお父さんです」
逸らすことなく見つめてくる瞳。迷いのない言葉。
それを目の当たりにして、コラッドは瞳を細める。
懐かしい。
心優しく、人が傷付くことを嫌う――そんな彼女の凛とした空気。
それを見たのは、いつ以来だっただろう。
「フィレア様」
そっと呟いた言葉にフィレアははっとした。
「ですが、今日はもうお会いできないと思います。また別の日に」
「……はい」
「部屋までお送りします」
優しく微笑むコラッドに連れられ、何の収穫もないままフィレアはすごすごと部屋に戻って行った。