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楽園の果て  作者: みづき
三章
22/28

<5>

 溢れかえった書類を眺めて、カイは肩を落とす。

 休んでいた分の仕事がこれほど溜まるとは思ってもいなかった。

 基本フィレアの警護と暴徒の対処がカイとヴェントの主な仕事である。けれど、こういったサインするだけの書類や城下の問題の対処などの仕事もある。

 同行したかったフィレアとの城下への買い物。それをヴェントに任せてから数日、机に積み上げられた書類は少しずつ減ってきているが、それでもまだ多かった。

「いつもより多くないか……!?」

 いつもなら一日で終わることの多かった書類の仕事。それが、今回はやけに多い。

 そのほとんどが城下での問題の対処や崩壊した建物の有無、さらにどうでもよくないかと首をひねりたくなるようなことへの要請。

 これでは当分外へは出られそうにない。

「最近暴徒が活発になってきてるせいか?」

 カイはふと手を止める。

 暴徒が暴れているのなら建物が壊れやすくなっているのも頷ける。だが、ここまで多いものなのか。

 これではまるで――

「カイ!!」

 ノックもせずに勢いよく開け放たれた扉に視線を向け、あからさまなため息をつく。

「何の用だよ」

「用がないと来ちゃいけないのか?」

「いや、お前……」

 こっちは仕事中だぞと眉を寄せるカイに目もくれず、アーシスはどかりと椅子に座った。

 仕事をする時は自室と決めていた。それを知ってか知らずか、アーシスはよくこうして邪魔をしに来るのだ。

 アーシスはきょろきょろとあたりを見渡して、

「なんにもないね、ここ。相変わらず」

「だったら来るなよ」

「暇なんだって! 部屋用意されたけど、お客扱いだからなんにもなくってさぁ」

 だらりと椅子に体を預ける。

「お前さ、自分の国帰ったらどうなんだよ? 一応王子だろ」

「そうだけどさ、ほとんど兄上がやってくれてるし……俺やることないからね」

 ローディア国の近くにある国の王子が、このアーシスなのである。王子には見えない彼は、ことあるごとにこの国に来ては数ヶ月は普通に滞在している。

 一度仕事を手伝ったことがあるのだが、そのときまったく違うあて先を書いて、さらに誤字だらけの書類を他国に送りつけたことがあった。

 それ以来手伝わせてもらえず、触らせてももらえない。

 兄曰く、「お前にやらせたら国がつぶれる」らしい。

 だから今ではアーシスの仕事もすべて兄が引き受けているのだ。

「俺のことよりお前のことだよ。カイ、どうするんだよ」

「どうって?」

 視線は書類に向けながらカイが答える。

「――フィレアのこと、大切に思ってるくせに」

 ぽつりとアーシスが呟いた瞬間、何かが裂ける音がした。

 ペンを持ったまま固まっているカイに視線を向け、呆れたようにため息をこぼす。

 机の上には破れた書類がカイの手の中でぐしゃぐしゃになっていた。勢い余ってペンで破ってしまったらしい。

「そんなに過剰に反応するんなら、気持ち伝えればいいのにね」

「あ、アーシス!!」

「なに? フィレアが記憶を失っているのは困ったことだけど、逆手にとって一番信頼できる相手の立ち位置につくのがいいと思うんだよね」

 どう、と聞いてくるアーシスにカイが吼える。

「何言ってんだよ!! 前にも説明しただろ!? フィレア様のことはそういう風に思ってないって!」

 わずかに紅潮した頬に眉を吊り上げて、必死に弁解しようとしているカイの姿にアーシスは深く息を吐く。

「自覚してないのかなぁ? それはそれで面白いけど、この状況では――」

「聞いてるのか、アーシス!!」

 怒鳴るカイにやれやれと肩をすくめた。

「聞いてるよ。ようは自覚してませんってことでしょ?」

「違う! そもそもフィレア様に対してそんなこと思うわけ――」

「じゃあどう思ってるの? フィレアのこと」

 のんびりと椅子に座っているアーシスの言葉に、カイが口をつぐむ。

 どう思っているのか。

 そう聞かれれば、迷わずこう答えるだろう。

「尊敬してる。それだけだ」

 真面目な顔でそう言うと、アーシスはあからさまにため息をついた。

「尊敬って、本当カイって鈍いよね。どこからどう見ても尊敬じゃないでしょ、それ」

 呆れを通り越してもはや脱力気味だ。

 昔からこうなのだ。

「フィレアに過保護ぎみなのも、好きだからでしょ?」

 昔から近くにいるくせに、フィレアを大切だと思う感情を勘違いしている。

 好きだから、愛おしいからなのに、それを尊敬だからと勘違いしているのだ。

「……お、俺は――」

 呆れかえったアーシスにカイはゆるく首を振った。

「なに? この期におよんで認めないとか――」

「そうじゃない。フィレア様は大切だけど、それは尊敬してるから。それ以上の感情はない」

「……カイ?」

 そう言ったきり口を閉ざし、言われたアーシスは眉を寄せる。

 まるで自分に言い聞かせるような言葉だった。

 ちらりとカイを見るも、書類に視線を落としたままこちらを見ようともしない。

 はぁ、とため息をつく。

 カイの付き合いは長いだけに、こんな彼は見たことがなかった。

「あぁ、でも一つだけあったか」

 フィレアに対しての態度が変わったあの日。突然といっていいほど態度を変えたカイは、フィレアに対してどこか不自然なところがあったのだ。

 それを問い詰めた時、今のときと同じような反応をした。

 自分に言い聞かせるようにして言葉をつむぐカイは、何かに耐えているように思えた。

「……何かあったら、遠慮なくいいなよ」

 いまだこちらに見向きもしないカイに小さく声をかけて、アーシスは部屋をあとにした。

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