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楽園の果て  作者: みづき
三章
20/28

<3>

 気に入ったものを購入して、フィレアとヴェントは店主に別れを告げた。

「また来てくれよ」

「はい」

 どれも好みの服ばかりだった。できれば、また来たいと思う。だが、それにはカイかヴェントの同行が必要不可欠だ。

 名残惜しさを感じながらもまた、とフィレアは大きく頷いて先を行くヴェントの隣に並ぶ。服の入った袋をさりげなく持ってくれるヴェントに恐縮しながらも素直に礼を言う。

「次、どこ行くの?」

「……そうだな。なにか食べるか?」

「うん!」

 ヴェントの隣を歩きながら、フィレアは頷いた。

 露店も多いこの通りはあちこちから香ばしい匂いが漂ってくる。中には甘い匂いを漂わせるものがあったり、それだけで食欲をそそい、腹が空腹を告げる。

「オススメの場所があるんだ」

 そう言ったヴェントの足がふと止まった。

「どうしたの?」

 ヴェントの視線が違うところに釘付けになっているのに気付いて、フィレアもその先を見る。

 細い路地。

 それはどこにでもあるような路地である。

 それを見つめてヴェントは瞳を細めた。

「懐かしいな」

「え?」

「過去最大の暴徒事件。ずいぶん昔の話だが」

 今から十数年ほど前。過去最大と言われるほどの死者、負傷者を出した暴徒事件。暴れ狂った暴徒たちが無差別に人を襲い、建物を破壊しつくした。

 それが、あの路地で起こったらしい。

 鋭く瞳を細めるヴェントに小首をかしげ、

「ヴェント?」

「……いや、なんでもない。行こう」

 ゆるく首を振るヴェントに引かれながらもフィレアはその路地をちらりと見る。

 何の変哲もない、ただの路地。

 けれどなぜか人はそこに近づこうともせず、少し離れてその前を通る。

 その様子に首をかしげながらフィレアはヴェントの後を追った。

「――ねぇ、グラークさんが言ってたことなんだけど」

 ヴェントのオススメという店に入り、席に座ってしばらくしたころ。フィレアはずっと引っかかっていたことを聞いた。

 下町に住む人からもかなり人気のある店らしく、人で埋め尽くされている店内は簡素なつくりで席数は少ないが、その雰囲気はどこか落ち着く。

「闇って、どういうこと?」

 さきほどから頭から離れなかったこと。

 グラークはこの国の闇そのものだと言った。国王のことを、フィレアの父親のことを。

「なにかあるの? この国。それとも、私のお父さんが?」

「……」

「グラークさんも言ってたでしょ、部屋から出てこないって。でも私、会いたい。記憶になくても、一度でいいから」

「それはやめたほうがいい」

「――どうして?」

 ヴェントはコップに注がれた水を一口飲む。

「あの人は、嫌ってるから。その神と呼ばれる能力を」

 そう言って口をつぐみ、それ以上この話題は出さなかった。

 運ばれてきた料理はおいしかったはずなのに、フィレアの頭の中を閉めるのはヴェントの言った言葉ばかり。

 神と呼ばれるその能力。それはつまりフィレアの持つ治癒のこと。

 フィレアはこめかみを押さえた。

 何かが引っかかる。けれどそれは同時に思い出してはいけないこと。思い出さなくてはいけないはずのそれは、まるで拒否するかのように考えれば考えるほど分からなくなる。

 脳裏に浮かぶ黒い影。ただ呆然と見下ろすその影はどこか驚いているように見えた。

「……なんだろう。でも、これは――」

 とても大切な――

「フィレア」

「えっ……?」

「大丈夫か? 少し休むか」

 眉を寄せて覗き込んでくるヴェントに慌てて首を振る。

「ううん、なんでもない」

 考え込んでいていつの間にか立ち止まっていたらしい。

 道の真ん中に立ち止まっていることに気付いてヴェントの手を少し引く。

「ごめん、行こう。次はカルサに頼まれてたやつだっけ」

「……あぁ」

 何か言いたそうな表情をして、ヴェントがちいさく頷く。

 いまだ脳裏を掠める影をフィレアは無理やり追い払う。まだ何か言いたそうな、思いつめたような表情をするヴェントと共に、カルサの頼まれていたものを買うため店に向かった。

 茶葉の種類は豊富で細かい種類があったためカルサが言っていたものを見つけるのは少し時間がかかった。たくさんの茶葉を取り扱う店は珍しく、このあたりではここしかないらしい。

 目的のものを見つけ、カイやエレナのお土産も近くの店で買った。

 終止眉を寄せていたヴェントがおもむろに口を開く。

「フィレア。無理に思い出さなくていい」

「え?」

 城に帰る途中、突然の言葉にフィレアは目を瞬く。

「無理に、思い出そうとしなくていい」

「どうして?」

 記憶を失う前、常に傍にいたヴェントたちからすれば思い出して欲しいのだと思う。幼い頃から一緒にいて、まるで兄弟のように仲がよかったと聞いた。そのヴェントやカイたちからすれば忘れられているのはあまり好ましくないはず。

 なのになぜ、思い出さなくていいと言うのか。

「どうして、そんなこと言うの?」

「……」

「思い出さなくていいなんて――」

「フィレアは、思い出さなくいい。できれば」

「私はっ……」

 思い出したい。たとえそれが、自分にとって良くないことであったとしても。

「思い出さなくていいんだ。全部が、いい記憶であったとは限らない」

 確かに、そうなのかもしれない。

 でも、だからといって目を背けていいはずがない。

 ヴェントはそっと目を伏せる。

「フィレアにとって、思い出さないほうがいいことだってある」

「――ヴェント」

 静かに、口を開いた。

「なにか、知ってるの……?」

 微かな疑問だった。

 記憶を失くして目覚めた時から常に傍にいてくれた人。危険から守ってくれ、支えてくれた。

 けれど、ヴェントの言葉が妙に引っかかる。

 その口ぶりはまるで全てを、何かを知っているようで。

「ヴェント、知ってるの? 私が記憶を失った理由」

「――フィレア。知らなくていいことだってある」

 震えるフィレアの手をそっと握る。

「知ればきっと、傷つく」

「ヴェント?」

 どこか堪えるような表情に不安が募る。

 名前を呼べばゆるく首を振って、

「俺だって全部を知ってるわけじゃない。でも、だからこそ――」

 そこからさきは言葉にせず、まだ問い詰めようとするフィレアの背中を押して帰路へと着こうとする。そんなヴェントに何を言っても、答えてくれることはなかった。

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