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楽園の果て  作者: みづき
二章
15/28

<8>

 男はくつくつと笑っていた。

 古ぼけ、床板が軋んでいる部屋の窓辺で男は佇んでいる。

 下町から切り離されたような空間にあるこの家とも小屋とも呼べるべき場所。普段は決して誰も立ち寄ろうとしないこの空間は、暴徒と呼ばれる者たちが住んでいる。

 男はちらりと汚れた床に視線を移す。

 そろそろ建て替えたらどうだと言う部下たちの言葉に、味があっていいとさらりと流していた。けれど、もうそろそろ立て替えた方がいいのではという気になってくる。

 床の板を張り替えるくらいでもしておかないと、歩くだけで悲鳴をあげるこの床がいつか抜けてしまうのではないか。

「失礼します!」

 先ほどまで考えていたことなどすっかり頭の端に追いやって、まったく違うことをつらつらと考えていた男の思考がそのはっきりとした声に引き戻された。

 男というにはまだ幾分幼い、少年がドアを開けてまっすぐ男を見詰めている。小柄な体格をした少年は幼い顔立ちとは似つかわしい隙のない雰囲気を漂わせている。

「入ってもよろしいでしょうか」

「あぁ」

「失礼します」

 丁寧にお辞儀をして静かにドアを閉めた。

 もう少し肩の力を抜いてもいいだろうと思う。そちらがそんなのでは、こちらまで無意識に肩に力を入れてしまう。

 肩がこって仕方ない。細く息を吐き出した男は少年の言葉の先に続くであろう言葉を予想し、

「謝んなくていいぞ。全員無事だったんだ」

「……し、しかし!!」

 目を見開いて少年が講義する。

「いいっつってんだろ? それにしてもなぁ、この家建て替えたほうがいいと思うか?」

「は?」

「床が軋んでるしなぁー、でも建て替えんのも面倒だし……」

「親玉!!」

 無造作に伸びた顎のひげをなでて首をかしげていると、少年が口を開く。

 ちらりと視線を投げて、先ほどまで考えていたことを口にした。

「あいつさ、結構いい筋してんだよ。でももったいねーよなー、なにがってわけじゃないんだが」

「……あの?」

 完全に少年の話は無視されている。

 それよりも話がまったく違う方向にいっている気がする。

「久しぶりなんだよ、あんな奴に出会えたの。斬り合うたびに面白くてな」

 攻めては攻撃を受け流し、また攻める。そして攻撃を繰り出されればそれを避け、また攻撃にうつる。

 実に単純な、そんな応酬に男は今までに感じたことのない楽しさを感じていた。

 もう一度会えたなら、と男は笑う。

「で、ですが、親玉が止めを刺したんじゃ……」

「あいつは死んでない、傍に神がいただろ?」

「えっ!?」

 少年が目を見開いた。

「治したんだろうよ。神には力がある」

 それは人々を救う代わりに、自らが犠牲になる力。

 そのせいで歴代の神様と呼ばれる少女たちは命を落としていった。

「――なんの、意味があるんだろうな」

 男の顔に陰が出来る。

 まだ完全に大人にはなりきれていない少女たちは、大人になることは出来なかった。

 自分の未来を、将来を、何一つ出来ないままに。

 そんななかで、少女たちは笑っていたのだ。

 幸せそうに――自分の全てを賭けて、できることをしたのだと。

「そんなことに、意味なんてねぇだろ……?」

 誰かに語りかけるような口調でぽつりと呟いた男に少年は怪訝な顔をする。

「親玉……?」

「その親玉っての、やめろ」

 俯き加減だった顔を戻し、男は苦笑した。

 いきなりの訂正に少年は目を瞬いて、

「じゃ、じゃあ……おやっさん!!」

 意気揚々と拳を握った。

 一度言ってみたかったらしい。

 きらきらと光る瞳を向けられて男の苦笑がまた深くなる。

「おやっさんも……やめろ」

「え、えっと――」

 二度も否定され、少年はがっくりと肩を落とす。

 頭を抱えて唸る少年に、それほど難しいのかとがしがしと頭をかく。

 そういえば、と男はふと思う。

 髪を切ったのは果たしていつだったか。半年前だったか――いや、一年前だったか。

「――商人!!」

 そして、はっとしたように顔を上げて勢いよく口を開いた少年の声に男は視線を戻す。

 商人。その言葉に今度は男ががっくりと肩を落とした。

「商人も、やめろ」

 それでは名前ではなく役職だ。

「それに俺は、商人じゃねぇ」

「え? でも」

「あれは嘘だ」

 恐らくあの場の近くに来ていたのだろうこの少年は小首をかしげる。

 確かにあの時、あの少年――カイに、自分は商人だと名乗った。

 けれど。

「あれは嘘なんだよ、俺は運び屋だ」

「……えっ!?」

 どうやら知らなかったらしい。

 それでよく親玉と呼べるなと男は感心した。

 自分の名前や職種を仲間の誰一人言っていなかったが、それを不自然だとつっこまない方もどうかと思う。

「嘘、言っちゃってよかったんですか?」

「あぁ、別に大したことじゃねぇしな」

 それに、と男は続ける。

「嘘は嘘で返した。それだけのことだ」

 微かに口元を歪めて男は窓に向き直る。

 ぎしりと鳴く床に眉をひそめ、いっその事すべて新しくしてしまおうかと深く息を吐き出した。

 神様と呼ばれる少女たちは、皆完全な大人になるまでに死んでいった。

 ――ある、一人の少女を除いては。

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