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楽園の果て  作者: みづき
二章
14/28

<7>

 初めて入ったカイの自室はシンプルだった。

 恐る恐る足を踏み入れると、後ろからエルダに背中を押された。

「ちょ、エルダさんっ……」

「早く入りなよ。そうやってると不審者だよ、フィレア」

 小さく抗議するフィレアを押しのけて部屋に入ると後ろ手に扉を閉める。

 カイの自室は二つの部屋に区切られている。この城内の部屋はほとんどがそのような造りだ。

 エルダはそのひとつの寝室に迷うことなく足を進めた。

「ここが、カイの部屋?」

 初めて入ったのだ。

 無断というのがどうも落ち着かないが、きょろきょろと辺りを見回してしまう。

 シンプルな部屋。悪く言えば殺風景な部屋だった。

 家具は必要なものしかなく、初めに用意されていたままのような感じだ。

 もともとこの城内にある部屋はこんな感じなのだが、フィレアはそれに気付いていない。

 この国の神様であるフィレアの部屋に置かれた家具や衣類はすべてエレナが用意したもの。他の部屋より品数が多く、鮮やかなのはそういう理由があったからだ。

「フィレア?」

「あ、はいっ」

 寝室の扉から顔を覗かし、手招きをするエルダに駆け寄った。

「お邪魔します……」

 相手は寝ている。

 けれど、自然と頭を下げて体を縮こませて寝室へと足を踏み入れる。

 電気は消されているが窓から夕方の暖かな日差しが入り込んできている。

「結構治ってきたみたいだね」

 カイの顔色を見てそう判断したのだろうエルダは、もう一度フィレアに手招きをする。

 おいで、と声に誘われるままカイの傍へと足を進めた。

「カイ……」

 幾分顔色の良くなったカイの顔を見て、安堵の息を吐いた。

「顔色も良くなってるし、この分だとあと一週間くらいで治るかな」

「え、一週間もかかるんですか……!?」

 ほんの数日で治ると思っていた。

 なのに、一週間もかかってしまうのだという。

「治るのはね。でも戦ったり剣を振るうのにはそれ以上かかるよ」

 さも当然のようにいうエルダにフィレアは絶句した。

 治療をしたときからずいぶんと経つ。

「そ、そんなに重症だったんですか?」

 刺されたときの出血はかなり酷かった。けれど、自分が思っているよりも怪我は重傷だったのかもしれない。

 そう思いつつ聞くフィレアにエルダは軽く首を振った。

「それなりに、だけどね。でもそのせいじゃないんだ」

「え?」

 フィレアは首をかしげる。

「元々この国の医療技術はそれほど発展していない。昔から殆ど変わらないって感じかな」

「どうしてですか……?」

 エルダは微苦笑した。

「神様がね、いたからなんだ。神様が力を使ってみんなを治してたんだよ」

 神様と呼ばれる少女には力がある。それは治癒。

 簡単なものなら医者で済ませ、重症なものは皆神様のところへと運ばれてそこで治療を受ける。

 それ故、この国の医療は発展しなくなった。

「……酷いよね。神様だってそこまで万能じゃないのに」

 ちいさく呟いてからエルダは立ち上がる。

「顔が見れたから帰るとするよ。フィレアはもう少しいてあげて」

「は、はい」

 頷くフィレアにひらひらと手を振りながら扉を閉めた。

 人の気配がなくなるのを感じ取ったあと、フィレアはそろりとカイの元へと寄り添った。

 ちいさく寝息を立てるカイはいまだ目覚めないらしい。

 一度目覚めたことがあるらしいのだが、何かを呟いたあとまた意識を失うように眠ってしまった。

「カイ」

 そっと、カイの手を取る。

 取った手は思ったよりも大きく、どこか安心するような気がした。

「……ごめんなさい」

 その暖かな温もりに誘われるようにしてフィレアは口を開く。

 それは、ずっと言いたかった謝罪の言葉。どんなに心の中で言ってもそれが届くことは言葉。

「ごめんなさい」

 何度言ってもたりない。

 自分のせいだと思うたびに、会いに行って謝罪をしなければと思った。

 でも行こうと思う反面足は動かず、結局ずるずると引き延ばしてしまった。

「カイ、ごめんなさい」

 項垂れると額がカイの手に当たる。じわりと伝わる熱になんだか無性に泣きたくなった。

 フィレアはそれを必死に堪えてカイの手を包む手に力を入れた。

 やり方は何となく分かる気がする。

 それは過去の自分が使ったからなのか、歴代の神様の血なのか。

 祈るような形を取り、フィレアはゆっくりと双眸を閉じた。

 力を使うのには、それなりの代償が必要になる。

 それは傷の深さや大きさ、重傷度によって変わってきて、怪我が酷ければ酷いほどフィレアの体に負担がかかるのだ。

 怪我を治すことは容易ではない。

 怪我の種類によって治したのと同時に命を失う神様――少女もいた。それはすべての彼女たちがしっていること。

 けれど、それでも尚、少女たちは人々の怪我を治していく。

 己の命に代えてでも救おうと考える少女たち。そんな彼女らの姿を、人々はどんな思いで見ていたのだろうか。

 フィレアが握る手に力を込めた瞬間――異変がカイを包んだ。

 カイの体を薄い光が包み、掴んだ手からはフィレアの熱が流れ込んでくる。

 それは瞬く間に傷口を癒し、光は消えてもとの薄暗い空間へと戻った。

「……あっ」

 それを確認し、安堵したフィレアは小さな声を漏らす。

 何かが脳裏を掠めたのを感じ取った時、フィレアは意識を手放した。

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