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楽園の果て  作者: みづき
二章
13/28

<6>

 男は微笑んで目の前の光景を見つめていた。

 ぱたぱたと忙しなく動き回るエレナの後ろには、カルサが必死に言われたことをこなそうとしている。

「忙しそうだね」

「忙しいどころじゃありません! ただでさえこういったことの後始末をする人は少ないんですから!!」

 両手にタオルを抱え、汗ばんだ顔に張り付く髪を乱暴にはらう。

 かなり気が荒れているのだろう。

 エレナの他に数人の女が彼女と同じく忙しそうに動き回っている。

「邪魔をするなら帰ってもらえません? ――エルダ様」

 あきらかに苛立っている様子の彼女にエルダは苦笑した。

「相当疲れてるんだね。……そこに横たわってる人は暴徒の皆さん?」

「……はい」

 ベッドに横たわって――縛り付けられているのは数日前攻め込みに来た暴徒らだった。

 数は二十人ほど。攻めに来た暴徒の殆どがここにいる。

 ヴェントにつけられた傷はひとつだけ。ローマスがすべての人を診て、また暴れられたら困るだろうということでベッドに縛り付けた。

 けれど抵抗するほどの力が回復していないのか、皆大人しくされるがままになっている。

「暴徒なんて放っておけばいいものを……本当は嫌ですけど、フィレア様がおっしゃったので仕方なくです。フィレア様にお願いされなかったらこんなことしません」

「……フィレアが言ったのか?」

「そうです」

 あくまでもフィレアの為だと言う彼女はまた暴徒――患者のところに行こうとして、思い出したかのように足を止めた。

「そうだ、エルダ様! フィレア様見ませんでした!?」

「フィレア? いや、見てないなぁ」

「そうですか……」

 首をかしげるエルダの返答に、エレナは軽く目を伏せた。

「フィレア様、最近来ていらっしゃらないんです」

「来てない?」

「カイ様のお部屋に。今はもう医療室ではなく自室に移っているのですが、まだ眠ったままです」

 医療室にいたころも、自室に戻った今でさえカイの所にフィレアは訪れなかった。

 容態を見ることもなく、そこに行かないようにしているようだった。

「治療をした次の日からぱったりと来られなくなったんです。もう自室に移れるくらい回復しているのに……。それにフィレア様、一日に三回以上はカイ様の様子をお聞きになるんですよ?」

 やはりカイの様子は気になっているらしい。けれどなぜか、医療室には行こうとしない。

「やっぱり気になってるんだね。素直に見に行けばいいのに」

「そうなんですよねぇ……毎日様子をこと細かくお聞きになられて」

 そこまでするのならお見舞いに行けばいいのに、とエレナは呟く。

 けれど、見に行けと強制すればますます行かないのだろう。そういう頑固な所は昔から変わらないままだった。

「フィレアを見かけたら聞いてみるよ」

 ため息をつくエレナにそう言い、変わらず忙しそうな女たちを横目にエルダは医療室から出て行く。

 扉を閉めて廊下を進み、いつも入り浸っている資料室へと歩く途中で愛用の眼鏡をかけた。

「あ……エルダさん」

 ぎしりと音をたてて扉を開けると、それに反応して振り返ったフィレアがいた。

 何かを調べていたのだろう彼女の腕の中には一冊の本が抱えられている。

「やあ、調べものかい?」

「はい。まぁ……」

 曖昧に頷くフィレアにエルダは目を細め、

「眼鏡」

 見上げてきたフィレアと視線があった。

「眼鏡、かけるんですね」

「あぁ、うん。調べものをしたりする時だけね。そのほうが便利だから」

「そうなんですか」

 フィレアが納得したように頷いた。

 そこで会話は終了し、妙な空気になる。

 資料室には二人以外の訪問者はいない。エルダはちらりとフィレアを見る。

 きゅっと本を抱えたままの彼女はどことなく雰囲気が違い、少し疲労の色が見え、どこか悩んでいるような表情をしている。

 エルダはその姿をじっと見詰めて、

「カイの様子、知らない?」

 問いかけるとぴくり、とフィレアが揺れた。

 やはり、とエルダは思う。彼女の曇りの表情の原因はカイにあるらしい。

「カイの様子知らない? フィレアなら知ってるかと思ったんだけど」

「……ローマス先生に聞けばわかると思います」

「うーん、そうなんだけどね。あの人結構忙しいから」

 わざとすっとぼけてみせると、僅かな逡巡が伺えた。

「だから、フィレアに聞けばわかると思って」

 教えてくれないか、と困った顔をするとフィレアは視線を漂わせ、

「あの、エレナさんに聞いた話ですけど……。カイ、数日間はひどく辛そうだったんですけど、今はもう自室に戻れるくらい回復してるって」

 ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。

「でも、完全に治るのにはまだかかるって」

 この国の医療は完全ではない。

 しかもこの城の医者はローマスただ一人なのだ。腕がいいからと雇ったものの、この国の医療があまり発展していないのでは仕方がない。

 深手の怪我なら治るまでの期間はかなり長くなる。通常――医療が発展した国よりもはるかに長い時間だ。

「そっか。……じゃあ自室に移ったんだったらお見舞いに行ってもいいよね」

「え? でも」

「大丈夫、長居はしないし。フィレアも一緒に行くかい?」

「え、わ、私は……いいです」

 首を横に振るフィレアは想像以上に頑固そうだ。

 それがずっと姿をみせないでいるとなれば、やはりそう簡単には無理なのだろう。

「眠ってるから大丈夫だよ」

「えっ?」

 エルダの突然の言葉にフィレアはぱっと顔を上げ、目を瞬かせる。

「眠ってるから、どうせ聞いてない。だからお見舞いくらい大丈夫だよ」

 どこか有無を言わせない雰囲気を漂わせ、戸惑うフィレアににっこりと微笑んでそう告げた。

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