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楽園の果て  作者: みづき
二章
11/28

<4>

 フィレアは辺りを見渡してするりと部屋から出た。

 真っ直ぐに続く廊下を走り、目の前にいた兵士を一人捕まえて、

「カイとヴェントはどこ!?」

 驚く男を無視して詰め寄った。

「ひ、姫様!? 部屋にお戻りください! ここは――」

「いいから! どこにいるの……!?」

 焦る気持ちが早まる。

 何かが起こっているのだ。話から察するに、暴徒が攻めに来ているのだろう。

 そして二人は――

「お願い、教えて……っ」

 なのに、自分だけ安全な場所になどいられない。

 この騒動の原因はおそらく自分だ。

 そして暴徒の数は二十人。二人でどうにかなる人数ではない。

「み、南門に……」

「ありがとう」

 絞りだすように答えた兵士に礼を言って、フィレアはいわれた方向へと走る。

 すれ違う人に驚いたような顔を向けられたが、特に引き止める者はいなかった。

「ヴェ、ヴェントっ……!!」

 門の前に佇む二人の兵士を押し切って扉を開けると、血に濡れた剣を二つ持ったヴェントが佇んでいた。

 跳ね返った血なのか、自分の血なのかわからないほどついた服を見てフィレアは青ざめる。

「フィレア?」

 振り返り、駆け寄ってきたフィレアに驚いたように目を見張る。

「ヴェント!!」

「なんでここに……ここは危ない、部屋にいろ」

 フィレアは首を横に振る。

 だめだ。

 何が起こっているのか、知らなければならないような気がした。

 それが、どんなに残酷で悲しいものだとしても。フィレアの奥底に眠る何かがそう告げていた。

 怪我は、と問おうとした時、床に倒れている暴徒が視界に映る。

「ね、ねぇ……ヴェント、この人たちって……」

 襲い掛かったままの状態で倒れこんでいる男や、重なり合っている男たちは皆揃って真っ赤な花を咲かせていた。

 斬られた箇所はひとつだけ。見た目は派手なものの命にかかわるような怪我ではなかった。

「無事だ。誰も死んでいない。あとで医務室に運んでおくから」

「う、うん」

 小さく頷いて、もう一度倒れた暴徒を見る。

 ここに倒れている暴徒の数は二十人ほど。攻め込んできた人数と同じ。

 その全てをヴェントが倒したのだ。

 感心する気持ちと複雑な気持ちが入り混じる。

 複雑な表情で俯いていたフィレアにヴェントが声をかけると、はっとしたように、

「ヴェント、カイは!?」

 再び青ざめた顔で服の袖を掴んだ。

 てっきり二人は一緒にいると思っていたのだ。

 けれどここにはヴェントしかいない。

「大丈夫、カイと戦ってるのは一人だ。俺が見に行くけどフィレアはここに……」

 安心させるように言うヴェントの声を遮って、フィレアは視線の先に駆け出した。

 ヴェントが見たのは、門の隣にある小さな庭のような空間。

 ふたりのいた場所からでは四角になっていて、庭の様子は見えなかった。

「フィレア!?」

 背後で自分の名を呼ぶ声が聞こえる。

 けれど足は止まらない。

 危険なことだとはわかっているつもりだ。自分が駆けつけたところで、どうにもならないことも。

 でも――

「カイ……ッ!!」

 庭に足を踏み込んで、フィレアは目を見開いた。

 茫然と男とカイを見る彼女に、

「ふぃ、フィレア様!?」

 驚いた声を出すカイは体のあちこちに傷をつけていた。

 顔や腕に細かな傷がいくつもあり、所々服が赤く染まっている。きっと今見えていない所にも怪我をしているのだろう。

 フィレアはカイに駆け寄ろうとしてその視界に剣を構える男が見えた。

 その姿を、カイは見ていない。未だに視線は彼女と絡み合ったままなのだ。

「……カイ!!」

 思わず叫んで走り出したその瞬間、カイがくぐもった声を漏らした。

「ぐっ……」

 苦しそうに顔を歪めるカイの額には玉のような汗が浮かんでいく。

 カイの腹部には男の剣が深く突き刺さっていた。

 瞬時、じわりと服が赤く染まる。

 フィレアは声にならない悲鳴を上げてぐらりと揺れるカイに手を伸ばし、

「カイっ……」

 倒れる寸前で抱きかかえた。

 悲鳴が喉に絡まる。

 顔を覗き込むと浅くではあるが息をしていた。

 ほっと安堵の息を吐くと徐々に血が広がっていく腹部を見て息を呑んだ。

 服はすぐに赤に染まり、溢れた血は地面へと滴り落ちた。

 呼びかけても返答はなく、かわりに乱れた呼吸音が返ってくる。苦しそうに顔をゆがめるカイにどうにかしてやらねばと思うのだが、フィレアにはどうすることもできない。

 それがとても、もどかしかった。

「お前……」

 ぽつりと、酷く驚いたような声が頭上から聞こえてフィレアは弾かれたように顔を上げた。

 男の握っている剣からは濡れた血が滴り落ちている。

 フィレアは顔を強張らせ、とっさにカイを庇うように抱き込んだ。

 どくりと心臓が跳ねる。

 ぐったりとフィレアに体を預けるカイは徐々に体温が下がってきている気がした。

 思わず抱きしめる腕に力を込めたフィレアに男はすっと目を細め、

「俺のこと、覚えていないのか」

 とちいさく呟いた。

「え?」

「あいつらの話は本当だったってわけか……嘘ついてたんだと思ったんだがな」

 クツクツと喉で笑う男の瞳が射るような眼差しへと変わり、フィレアは無意識に後退した。

 男は口元を歪める。

 警戒するフィレアに男はひらりと踵を返し、肩越しにちらりと見て何事も無かったかのように消えていった。

 遠くなる後姿に声をかけることもせず、突然の出来事にただじっと見詰めていた。

 完全に見えなくなったところで、フィレアは深く息を吐き出す。

 かなり緊張していて体が強張っていたらしい。

 ふっと力が抜けて倒れそうになったがなんとか踏みとどまる。

「フィレア! カイ!!」

 焦った声と共にヴェントが駆け寄ってくるのが見え、

「ヴェント! カイがっ!!」

 必死で言葉を紡ごうとするが言葉が喉につまり、上手く話せない。

 フィレアはカイをぎゅっと抱きしめ、震える声でヴェントに訴える。

「は、早く治療しないとっ……」

「医務室に運ぶ。……大丈夫だ、フィレア」

 そっと小刻みに震えるフィレアの手を包み込み、ヴェントはあやすようにそう口にした。

 頷いて、フィレアはきゅっと唇を噛んだ。

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