<3>
突然現れた男は緊迫した空気に似つかわしく、ゆったりと歩いてくる。
今まさに交戦しようとしていた暴徒はその男の登場に目を見開いた。
「勝手に動くなって言っただろ。それも同じ場所に固まって……ふざけてんのか?」
「す、すみません……!!」
ぎろりと睨みつけ、薄汚れた男はそう言い放つ。
こういった騒ぎには兵士ではなくカイとヴェントがやることになっている。
毎度暴徒たちを退けている二人のことを考えれば、同じ場所に固まって侵入を試みるのは無謀だろう。
なのに、男に睨みつけられてちいさく震える暴徒は固まって行動した。
それは――
「大方直前で怖くなったんだろ」
びくりと暴徒の肩が揺れる。
一度も負けたことのない二人のことは下町でも有名なのだ。そのことは暴れる暴徒にも知られていた。
ばらばらで攻め、負けることを思えば束になって戦った方がいいのではないか――そう考えたのだ。
「まぁいい。……おい、お前」
吐き捨てるように言った男の目線の先には、いまだ警戒を解くことのないカイがいた。
「お前、長剣か?」
「……だったら?」
そう答えるカイに男はぬるく笑う。
「こいつと戦う。そっちのやつはお前らがやれ」
「は、はい!」
そう返事をした暴徒はそれぞれに戦闘体勢に入り、誰からともなく床を蹴った。
カイとヴェントは走りながら剣を抜き――そして金属音が響いた。
暴徒とヴェントから少し離れた場所で、男とカイが対峙している。
すでに剣を構えているカイとは違い、男はのんびりと鞘から抜く。
「悠長だな」
「そうか? これでも急いでんだけどよ」
「へぇ……」
その瞬間、カイは男に向かって剣を振りかざした。
その速度は避けきれるものではなく、まだ殆どが鞘の中に収めてある剣では受け止められないもの。
けれど――
甲高い、金属の触れ合う音があたりに響き渡った。
「っ……!?」
「ふん、まぁまぁだな」
カイは目を見開いた。
さっきまで殆ど男の剣は鞘に収めたままだった。だが、今はカイの剣を受け止めている。
カイはとっさに後方へ飛びず去った。
「打ち込みはいい方か……」
男は軽く鼻を鳴らす。
片手で受け止めていたにもかかわらず、男は飄々としている。
あの速度で、あの打ち込みを片手で受け止めたにもかかわらず。
カイは人知れず頬を緩めた。
「あんた、見たことない顔だな」
剣を構え直し、疑問を投げつける。
今までに襲ってきた暴徒にはいなかった顔だ。他の暴徒たちを見る限り、この男がリーダーなのだと分かるが、一度も攻め込みにきたことはない。
「名前は?」
「名前、ねぇ……教える義理はあるのか?」
どこか小ばかにするような声色で男は言う。
「義理はない。でも、俺の剣を簡単に受け止めた奴はそうそういないんでね……!!」
勢いよく地面を蹴る。
剣を持つ手に力をいれ、刃を丁度いい角度に直す。
当たれば確実に命を落とす角度に。
「……だめだねぇ」
そんなカイを見てぽつりとつぶやいた。
「そんなんじゃ俺には一太刀も与えられない」
激しく剣と剣が交じり合う。
男は微笑して、剣先の向きを変えた。
孤を描く剣に素早く反応し、カイは体勢を低くしてすばやく避ける。
「基本はいいんだがなぁ……。もうちょっと、こう……」
な、と男は小首を傾げてみせる。
おかしい。
カイはそんな男を見ながら眉をひそめた。
剣は最初のまま片手で持ち、受けるときも斬りつけるときも片手だ。
見たところ重量はまずまずで軽く作られたものではない。
では――なぜ。
「……なぁ、あんたって何の仕事してる?」
「は? なんでそんなこと聞くんだよ。戦いに関係ねぇだろ」
「関係ある」
普通、片手で剣を扱うことは出来ない。短剣なら、そこそこ軽いものならできるけれど。
だが男の持っているのはそこそこ硬く、丈夫に作られ重い剣だ。
それを長時間片手で持ち続けるとしたら、かなりの腕力が必要になる。それにカイの攻撃を二度も受け止め、切りつけようとしたのだ。
「……ま、そんくらいは答えてやる。商人だ」
「商人?」
「そう、だ。各地に出向いては物を売って生活している」
「た、たかが商人がそんなこと……!! それになんで剣なんか持ってんだ!」
「必要だろ。道中危険な目に遭うんだからよ。こういう仕事してっとな、むやみやたらと絡んでくる奴らがいて……商品横取りしようとするんだよ」
そう言って唖然としているカイに微笑んでみせ、
「わかったか? だから、剣は持ってる」
と剣をちらつかせた。
「……じゃ、じゃあなんでその商人がこんな攻め込みに来てるんだよ」
「やれやれ。質問の多い奴だな。……確かに商人はこんなことしない。でも金貰ってるんだ。この反乱が成功すれば、金を貰う約束をしてる。俺は買われたんだ」
にやりと笑う男をカイは茫然と見詰めた。
城内には微かに外からの怒鳴り声が聞こえてくる。
荒れ狂ったような叫び声や怒りの感情を直接ぶつけたような怒声。それらが聞こえてくるたびにフィレアは肩をすくめた。
エルダに隠れていろと言われた部屋でちいさくうずくまり、フィレアは両手を握り締めたまま目蓋を閉じている。
「……っ」
なにが、起こっているのだろうか。
正確なことは伝えられていないまま、ここまで来させられた。城内に走り回る人の慌てっぷりを見ればただ事ではない。
「暴徒」
暴徒が、武器を持って。
そう叫んだ兵士の声が耳底に残る。そして、もうひとつ先ほどから絶えず頭の中で反芻している声があった。
「数は――二十」