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廻り廻るわたしと―――きみと  作者: 行見 八雲
第一章 約束。
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9.彼の闘い。〈前編〉



 あれ? もしかして、私って本当に第二王子に好かれてた?


 第一王子の言葉を反芻しながら、私は城を後にし、城に行く前にドレスを着つけてくれた仕立屋に寄っていた。

 いや、一応社交界用のドレスの何着かは、実家から寮の部屋に持って来てはいるんだけど、あんなドレス一人じゃあ絶対着つけられないからね。あっち結んで、こっち盛ってと、何かと大変なのよ。

 そのまま、仕立屋で普段着に着替え、着ていたドレスはまた後日取りに来ることにして、私は学園に戻るため、街の通りを歩いていた。



 結局、学園内では、人の目があるから、第二王子とは話す機会が無かったし、王子の本心を聞くことは出来なかったのよね。私も、てっきり王家のためだろうと思い込んでたし。

 第二王子の気持ちについて、第一王子が嘘を言ってる可能性も無きにしも非ずなんだけど、でも、あそこで嘘を言う理由もないような気もするし、その言い方から、私に言ったというよりは、独りごちただけっていう感じだったしね。


 どういう経緯で私に好意を持ってくれたのか全然分からないけど、仮に第二王子が本当に私を好いていてくれたんだったら、やっぱり一度は直接話してみるべきだったかもしれないわ。

 まあ、好かれていたからといって、王子への返事が変わるわけではないんだけど。



 それでも何となく申し訳ない気持ちで、学園へ帰っていると、校門のところに人影が見えた。


 その子は、私とリュカと同じクラスの女の子で、実は以前、リュカと三人の男子生徒達との喧嘩のことを知らせてくれた子でもあるの。商家の娘さんで、おっとりとした優しくて可愛い女の子なのよね。


 慌てた様子のその子から聞かされた話に、私は急いで校舎の方へ走り出した。

 何でも、リュカが第二王子に決闘を申し込んだらしいの。


 この学園内には決闘場があって、学園内での生徒同士の私闘を禁じる代わりに、問題が起きたときに当人同士で決着をつけたければ、先生等の立会人を挿んで、決闘をすることができる。

 それから、内容は当人同士が話し合って決めることができるの。つまり、魔法で戦うか、剣を使うか、他に条件を付けるか、等ね。


 さっきの子から聞いた限りでは、決闘の内容は、剣のみ使用可で、魔法は使わないことにしたらしい。

 リュカがうっかり威力を間違えて、王子に重傷を負わせないように、ということなのだとか。

 そんな配慮が出来るなんて、リュカも成長したのね、なんて喜んでいる場合ではないのよね。だって、リュカが剣を習い始めたのは今学年になってからだもの。それに比べて、王子は二つも学年が上だから、剣の腕では明らかにリュカが不利なのよ。


 じゃあ、なんでリュカがそんな決闘を申し込んだかというと…………。



 息を乱しながら、野球場のようなすり鉢状の形をしている決闘場の、観客席の入り口をくぐり、戦いが行われるグラウンドに接する場所まで駆け下りた。

 この決闘を観戦している生徒達は思ったより多くて、私のことを知っているらしい人達が、私の方を見てひそひそ何か話していたけど、私の目はグラウンドに立つ二人の姿に釘付けだった。

 戦いはすでに始まってしばらく経つようで、二人は向き合って剣を構え、互いに肩を上下させ荒く息を吐いていた。


 同じタイミングで地面を蹴った二人が、ガギンと鈍い音を立てて剣を合わせるのを、私ははらはらした気持ちで見守っていた。

 決闘で使用される剣の刃は潰されていて切れないとはいえ、剣で打たれればかなり痛いし、怪我だってする。

 リュカはどうにか王子の剣を受けているようだったけど、やはり腕の腕にだいぶ差があるようで、しかも、リュカの方が体格も小さく力も弱いから、何度か剣を弾かれたり、攻撃をかわされたりしている。そして、そこに出来た隙に、剣を打ち込まれたりして、痛みに顔を顰める姿なんて、見ていられなかった。

 足元も危ういし、空いている方の手で肩の辺りを押さえているみたいだから、もうリュカの体はボロボロなのだろう。けれど、必死に足を踏ん張って立っている姿に、私は心配で胸が押し潰されそうで、ぐっと歯を噛み締めた。


 もちろん、リュカと戦っている相手である王子を責めるつもりはない。

 この決闘に関しては、手加減は無用だし、むしろ手加減をした方が相手を馬鹿にしていることになるから、全力で戦ってくれている王子には、逆に感謝をすべきなんだろう。

 でも。


 観戦している生徒達から、わっという歓声や、悲鳴が上がる。リュカの打ち込んだ剣がまたかわされて、腕を打ちつけられたのだ。それでも、リュカは持っていた剣を辛うじて手放さず、とっさに後ろに体を引いて、次の王子の攻撃を避けた。

 

 決闘の勝利条件は、相手を気絶させるなどして戦闘不能に陥らせた場合や、相手に参ったと言わせた場合。もしくは、戦いの継続は無理だと立会人が判断して、戦いを止めに入った場合だ。

 特に、この決闘では、リュカと王子には二つの学年の差があるから、状況を考えて、リュカが剣を手放したり、膝を付く様な事があれば、立会人は止めに入る可能性が高い。

 リュカにもそれが分かってるのだろう。撃たれて痺れかけている手で必死に剣を持ち、震える足に力を入れようとしている。


 そんなリュカの姿に、私は心臓を何かに掴み絞められているかのように、苦しくて仕方がなかった。

 本当は、もう止めてほしい。

 負けでもいいから、これ以上リュカに傷ついてほしくなかった。


 でも、私が止めに入ることはできない。私がそんなことをすれば、リュカを深く深く傷つけることになるだろう。


 何故なら、この決闘では、負けた方は私に近づかない、という約束が交わされているからだ。


 私がリュカを止め、王子の勝ちになってしまえば、私が王子を選んだということにもなる。そうなってしまえば、少なくとも学園に居るうちはリュカと一緒にいることはできなくなるし、またリュカを独りにしてしまいかねない。そのとき、リュカはどうなってしまうのだろう。


 この決闘を王子に持ちかけたのは、リュカらしいから、まったくもう! どうして私のことを信じて待ってられなかったのよ! とリュカを怒鳴ってやりたいところだ。


 本当に馬鹿ね! そんなに傷だらけになって、何やってるの! 王子の方は、国王陛下達が説得して下さるそうだから、大丈夫よ!

 そう、怒ってあげるから、だから、しっかり勝ちなさいよ! リュカ!


 そう思って、私は胸の辺りで両手を組んで、リュカの勝利を祈りながら、ただじっとリュカを見ていた。

 私が精霊術でも使ってしまえば、リュカの失格負けになってしまうから、ひたすら祈って応援するしかできないけど。


 痛々しいリュカの姿に、鼻の奥がつんとして、泣きそうになるのをぐっと堪えて、私は組んでいる両手を握り締めた。



 二人はまたグラウンドの中央辺りで向き合って、剣を構えた。

 リュカはもうふらふらで、次の一撃で、今度こそ倒れてしまいそうに見えた。

 対峙する二人の緊張感に、観客席にいる生徒達も息を飲んで静まり返っている。


 次の瞬間、リュカがぐっと地面を蹴って、王子に切り掛かっていく。それを王子が、体を翻してかわす。

 剣をかわした王子の体が私のいる側を向いたとき、一瞬王子の顔が上がり、こちらを見たのが目の端に映ったけど、私の目線はリュカしか追ってなかった。

 いったんは避けられた剣を、リュカが片手で横に避けていた王子の体めがけて、切り払う。

 その剣が、反応が遅れ体を引き損ねた王子の横腹に当たり、王子は剣を落とし、打たれた横腹を押さえて膝を付いた。

 苦痛に顔を顰めていた王子は、やがてゆっくりと顔を上げ、リュカに向かって「参りました」と声を上げた。


 それを聞き受けた立会人が、「勝者! リュカ・ディアス!」と大声で宣言すると、観客席からわっと盛大な歓声が上がった。

 相手よりも小柄な体で懸命に闘ったリュカと、それに真剣に答えた王子に、生徒達から盛大な拍手が上がる。



 剣を地面に転がし、両膝に手を付いて荒い呼吸を繰り返していたリュカが、ふっと顔を上げ、観客席の一番下にいた私に気付く。

 そして、ぱっと泥だらけの顔を輝かせたかと思うと、よたよたと危うい動きで私の方へと歩いてくる。


 今にも、地面に足を引っかけて転んでしまいそうな足取りに、私は苦笑いを浮かべて、風の精霊に頼んで、観客席からグラウンドへと下ろしてもらった。

 地面に足を下ろして、少し早足でリュカに近づくと、傍に行った瞬間、リュカは飛びつくように私に抱き着いてきた。

 ちょっと! まだ観客席には多くの生徒達がいるんですけど! と慌てたが、リュカがとても嬉しそうに笑うので、私は仕方なくふうと溜息を吐いた。


「ねえ、アリア、見ててくれた?」


 私の肩口に顔を寄せたまま、囁くように言ったリュカの言葉に、私は「見てたわよ。頑張ったわね」と返して、いつものようにリュカの背をぽんぽんと叩いた。


「うん、俺さ、本当に頑張ったよ。魔力も暴走しなかったよ」


 とても誇らしげに、でもちょっと大人びた声で、リュカがそう口にするのを、私は頷きながら聞いていた。


 もうね、何だか胸がいっぱいで。

 リュカが無事で良かったのと、勝てて良かったのと、その成長っぷりが、とても嬉しくて。自然と顔が笑みに崩れた。



 その時、リュカがそっと私から体を離したかと思うと、がくりと崩れ落ちたので、私は大丈夫かと慌てたのだけれど、リュカはその場に片膝を立てて跪いていて。

 顔を上げて真っ直ぐに私を見上げながら、壊れ物にでも触れるかのようなひどく優しい手つきで、私の左手をすくい上げた。


 こちらがどきりとするような真剣な眼差しに、凛としたその姿は高潔な騎士のように見えて。


「アリアージュ・ハージス嬢。どうか私と結婚して下さい」


 乱れた髪の間から覗く金色の瞳が、大人めいた熱さを孕んでいて、吸い込まれてしまいそうだった。


 ああ、これは誰?



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