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廻り廻るわたしと―――きみと  作者: 行見 八雲
第一章 約束。
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8.私と王族。



 うちの屋敷とは比べものにならないほどの大きな建物の、今どこを歩いているのかさっぱり分からない入り組んだ廊下を長いこと歩いて、ようやくたどり着いた部屋の前、ここまで案内してくれた侍女さんに促されて、ゆっくりと開かれていく扉の前に立った。


「やあ、ようこそ」


 扉の前までわざわざ足を運んで下さり、にっこりと神々しいまでの笑顔でそう仰ったのは、この国の第一王子様。

 いや、初めてお会いするけど、すごく紳士的。笑顔がとてもキラキラしてて、何だか眩しいわ。


 天井から床まである大きな窓から明るい日差しの差し込む、二十畳くらいの広さの部屋。その窓際辺りに、純白のテーブルクロスのかけられたテーブルと、背に細やかな装飾のなされた豪奢な椅子が三脚置いてある。

 その一つは、今立ち上がってこっちに来ている第一王子のものだろう。そして、もう一つの椅子に腰を掛け、こちらを見てゆったりと微笑んでいるのは。


「本日は、このような場を設けて頂き、恐悦至極に存じます」


 そんな感じの形式ばった挨拶をして、私が持っている中でも一番上質なドレスのスカートの端を持ち、淑女の礼をする。


「いやいや、そう畏まらずともよい」


 そう朗らかに笑ったのは、御年四十代のナイスミドル、国王陛下だ。

 王様らしい貫禄と、まだまだ衰えない精悍な顔立ちをお持ちの、かなりの美丈夫であらせられます。いや、とても第一王子第二王子合わせて五人の子持ちとは思えない若々しさを感じるわ。


 私を席までエスコートして下さった第一王子も、これまた長身で引き締まった体つきの、きりりと目元の凛々しい、爽やか美形さんね。

 その仕草とかはやっぱり気品にあふれていて、まさに理想の王子様って感じかしら。

 ああ、私ものすごく居心地の悪さを感じるんだけど。



 今日、私は、お父様に無理をお願いして、国王陛下と第一王子殿下と話をする機会を設けてもらったのよ。

 その内容はもちろん、第二王子殿下の求婚の件ね。

 日本に住んでた私の感覚だと、本人に直接お断りをすればいい気がするんだけど、私のような身分が下の者が王子の求婚を断るなんて、王子の名誉を傷つけてしまうことになるのよね。

 だから、この場合王子から取り消してもらえば、まあまだそんなに大事になっていない今の時点だったら、ひっそりと無かったことに出来るんじゃないかと思うのよ。一応お父様にも相談したら、すごく複雑そうな顔をしながらも、「それが良いだろう」って言って下さったしね。

 なので、王子が私に結婚を求める理由が、王家に関することならば、王様や兄王子から説得してもらった方がいいんじゃないかと思って、こんな方法をとったわけ。

 はー、しかし、うまくお二人を説得できるか、不安なんだけど。


 でも、そんな時には、ふと、縋るようなリュカの顔が頭に浮かぶのよね。しおしおと垂れ下がった耳としっぽ付きの。

 やれやれ、仕方がない。頑張りますか。

 そう、決意も新たに、私はこっそりと笑みを浮かべた。



 勧められて用意されていた席に腰かけ、しばらく他愛のない話をしてたんだけど、ちょうど話が途切れたところで、私は表情を引き締めた。

 そんな私の変化に気付いたのか、陛下も王子も真剣な顔になる。

 私は、膝の上に置いていた両手をぎゅっと握り締めてから。


「この度、陛下と殿下の貴重なお時間を頂きましたのは、第二王子殿下のことでご相談したいことがございまして」


 そう私が言えば、お二人はすでに知っていたのだろう、こくりと頷いた。


「不敬を承知で言わせて頂きますと、私は第二王子殿下とは結婚することはできません」 


 陛下と第一王子の顔を見ながら、はっきりとそう口にした。

 陛下も第一王子も特に驚いたふうではなかったけれど、「理由を聞いてもよいか」と尋ねてきた。

 しかし、その問いかけに、私は即座に答えられなかった。

 いや、確実に断る理由は聞かれるだろうなとは思ったけど、でも、良い答えが浮かばなかったのよ。前世の国の習慣で、結婚は好きな人としたいと思うからです、なんて答えられるわけないしね。


「好いた人でもいらっしゃるのですか?」


 どう答えようか考えながら、目を伏せて俯いていると、第一王子がそう問いかけてくる。

 目を上げると、柔らかな目をしている殿下と目があって、少し体から力が抜けた。


 う~ん、好きな人かぁ。この質問も少し困るのよね。

 その感情に一番近いのは、今のところリュカだと思うんだけど、でも恋愛感情とはちょっと違う気がするのよ。

 前世での約束を守りたいって気持ちも確かにあるんだけど、今はもう全力で庇護欲なのよね。私の精神が余計に歳食ってるっていうのもあると思うんだけど、子どもというか子犬というか雛鳥というか、そんなリュカを守ってやんなきゃっていう、まあ母性本能かしら。

 たぶん、リュカ自身も、私に恋愛感情なんて持ってないんじゃないだろうか。刷り込みとか依存とか、そんな感じじゃないかなと思うのよ。

 

 そんなわけで、私の内心では、“好きな人”と聞かれて思い当たる人はいなかったから、下手に嘘を吐くと後から余計面倒なことになるかもしれないと思って、正直に「それは……いませんけど」と答えた。

 でも。


「けれど、大切な人がいるんです。すごく寂しがり屋で、不器用な人です。私は、彼が望む限り傍にいてあげたいと思っています」


 ですから、第二王子殿下と結婚することはできません。と、真っ直ぐに陛下の目を見て、ありのままの思いを素直に口にした。


「それは、やはりリュカ・ディアスという少年かね」


 そんな私に、陛下がそう問いかける。

 いきなりリュカの名が出てちょっと驚いたけど、まあ、得体の知れない者を第二王子の妻にするわけにはいかないから、身辺状況とか事前に色々と調べたんだろうなとは思ってたわよ。それで、私が自主的に一緒にいる異性って言ったら、リュカが浮かび上がるのも当然よね。


「……はい」


 ちょっと戸惑いながらも、私は頷いた。



「それでも、我々が君に王子と結婚するよう命じたら、君はどうするかね?」


 真剣な顔でかけられた問いに、内心でぴんと緊張感が走った。けれど、その答えはもう決まっている。


「その時は、リュカと共にこの国を出るつもりです」


 私がそう答えたとき、陛下の表情は変わらなかったけど、目の端に映った第一王子の顔が強張った気がした。

 そんな私の答えに、陛下はやんわりと威圧感を漂わせながら。


「君の家族が、どうなるか分からないと言っても?」


 低く威厳に満ちた声に、気圧されつつも内心は妙に冷静で、私はにっこりと笑って見せた。


「もし家族に何かあれば、私は精霊を連れてこの国を去るでしょう」


 あえて冗談めかしてそう答える。その私の言葉に、分かり辛かったけど、陛下が僅かに顔を引きつらせた。


 精霊を連れてこの国を去る、それが最大級の切り札になることを、私は良く分かっていた。それが相手が王族であっても。

 何故なら、精霊はこの世界の至る所に宿り、世界の調整及び自浄作用も司っている。

 だから、精霊がいなくなると木が枯れたり、土地が枯れ作物が実らなくなったり、豪雨や干ばつなど天候も不安定になりやすい。また水や空気が汚れ、人々が発する瘴気が溢れて魔物が増えるなど、国にとっては危機的状態に陥るのよね。


 我ながら、ものすごいえげつないことを言っている自覚はあるけど、まあこれも小娘なりの懸命な駆け引きってことで。

 実際は私が、この国を出るから付いて来てって言っても、精霊達が了承してくれるかは分かんないのよね。言ってみたことないし。



 どうする? これ、どうなっちゃうの!? な心境に苛まれながら、それでも余裕に見えるような笑顔で頑張っていると、やがて陛下がふうと息を吐いて、椅子の背もたれに深くもたれ掛った。

 ぱちぱちと目を瞬かせながら、第一王子を見れば、こちらは何やら苦笑いを浮かべていた。


 椅子に深く腰掛けて脱力していた陛下が、やがて姿勢を正し、もうすっかり冷めているだろうお茶を一口飲んでから、再び私に顔を向けた。その顔に浮かんでいたのは、第一王子とよく似た苦笑いの表情で。


「そこまで言われてしまえば、無理強いはできまい。王子には我々から諦めるように言っておこう」


 そう言った陛下に、私はいつの間にか力が入っていた体から、ふうと力を抜いて。


「ありがとうございます」


 と笑みを浮かべた。


 あー、すごく緊張した。まあ、今の陛下と第一王子の様子を見る限りでは、私の家族云々のくだりは、私の覚悟を試すための問いだったんだろうけど。

 でも威圧感のある美形のオジサマと正面から見つめ合うなんて、かなり精神的に摩耗したわ。気を抜くと理由もなしに謝っちゃいそうになるのよね。本当に美形って怖い!



 ちょうどその時、部屋の扉をノックする音が聞こえ、陛下が答えると、僅かに扉が開かれ、上質な文官服を着た年配の男性が「陛下、お時間です」と小さく声をかけた。


 次の仕事があるのだろうと、「おお、もうそんな時間か」と立ち上がった陛下と、第一王子に続いて、私も席を立った。

 次の予定の邪魔をしてはいけないと思い、時間を取って下さったことへの礼と、無礼なことを言ったことへの謝罪をして、私が部屋を出ようとしたとき、後ろから陛下の声がして、足を止め振り返った。


「私は、リュカ・ディアスの魔法の才能を潰すことを勿体無いと思っておる。そして、彼の力を他国へと持って行かれるのも、恐ろしいと思う。そこで、彼には学園の卒業後、我が国軍に入ってもらおうと思っておるのだが……」


 テーブルの傍に立ち、じっと私を見たまま真剣にそう口にする陛下に、私も体をそちらに向けて黙って続きを待った。


「彼の魔力量から考えるに、もし彼が暴走したとき、我が軍にはそれを止められる者はおるまい。そして、そうなれば我が軍、ひいては国自体が壊滅的な打撃を受けることにもなりかねない。私はそれを懸念しているのだ」


 その何かを推し量るような陛下の言葉に、私はふっと口元を緩めて笑った。


「もし、リュカが暴走し、自我を失ったときは、私が彼を殺します」


 自惚れではなく、きっとこの世界でリュカを止めることができるのは私だけだろう。そして、それが彼との約束であり、また彼と共にいる私の覚悟でもある。


 その私の言葉と表情に、陛下は目を瞠り、傍にいた第一王子と文官の人からも、息を飲む気配がした。

 私が笑顔の向こうに決意を込めた眼差しでじっと陛下を見ていると、やがて陛下も「良く分かった」と穏やかな笑顔で返してくれた。


 そんな陛下に深く礼をして、私は今度こそ部屋を後にした。


 私が部屋を出るときに、胸に手を当てて礼をしてくれた文官の人にも小さく礼をして、やっぱり紳士的にも扉を開けて押さえていてくれた第一王子にも礼をする。


 扉を潜って部屋を出て、もう一度第一王子を振り返り、礼を言おうとしたとき、第一王子は複雑そうな顔で小さく微笑んで。


「こればかりはどうしようもないのだが、ずっと君に恋心を抱いていた弟が悲しむな」


 と、そっと呟かれた。



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