6.彼女の存在――リュカ視点。
俺が孤児院に入れられたのは、5歳の時だった。
産まれた時から、魔力の暴走をしばしば起こしていたけど、5歳になったとき、家が吹き飛ぶほどの大きな魔力の暴走が起こり、父さんも母さんも、死にかけるほどの傷を負った。
そして、近所にも多くの迷惑がかかったから、父さんと母さんは俺を孤児院にやることにしたらしい。
産まれた村を出ていく時、俺を怖がり嫌う目、そして、俺がいなくなることを喜ぶ人々の顔が、頭にこびり付いて離れない。
何より、俺を育てることはもう無理だと、泣き叫ぶ父さんと母さんの声が、今でも耳に残ってる。
孤児院だって何処へだって行くよ、だから、母さん、「産まなきゃよかった」なんて、言わないで………。
送られた孤児院でも、俺は嫌われる存在だった。
何度も魔力の暴走で孤児院の建物を壊したり、ちょっと感情が高まれば魔法を発動してしまい、他の子や孤児院の先生たちを傷つけた。
やがて、俺に近づく子はいなくなり、みんな遠くから俺を見るだけになった。
その子たちや先生の俺を見る目は、あの村の人たちと同じ、怖いや嫌いというものだった。
そして、そんな中でも、俺に優しくしてくれていた先生に、魔力の暴走で大怪我を負わせたとき、院長先生が、俺に魔術学園に行くように言った。
それはもう決まっていたことで、俺はただ頷くだけだった。
その時の院長先生の顔は、心からほっとしたというもので、俺はその後すぐに院を追い出された。
迎えの人がいたから、無事学園には着けたけど、入った学園でも、俺は遠くから見られるだけだった。
俺が孤児であることとか、魔法で色んな人を傷つけたことが、色んな所で噂されてて、俺はよけいに人に避けられるようになった。
やっぱり、俺はここでも独りぼっちなのかと、心が痛くなった。
今まで俺の近くで目を見て話してくれる人もいなかったし、何より、人の俺を見る目や、顔が怖くて、人と目を合わせるということもできなくなっていった。
どれだけ魔力があったって、俺は独りで。
この学園で、色んなことを勉強したって、どうせずっと独りなのだと、悲しくて怖くて仕方がなかった。
そんな時、アリアに出会った。
アリアは、貴族のお嬢さまで、ふわふわとした柔らかい黒い髪に、きれいな藍色の目の、小さくてかわいい女の子だった。
でも、7種の精霊術を使えて、頭もよくて、みんなに優しいから、たくさんの人に好かれていた。
そんなアリアが、俺に声をかけてきたとき、お嬢さまの気まぐれだろうと思った。
だけど、俺を構おうとするアリアに腹が立って、近づくなという意味を込めて、火の魔法を使った。
その火は、俺が思っていたよりも大きく速くて、俺はアリアに怪我を負わせてしまうと、とても怖くなった。
なのにアリアは避けようともしないで、俺の火を一瞬で消してしまった。
その時、アリアの周りを囲む精霊術が見えて、そのきれいさに驚いた。
その後、上から大量の水が降ってきたときにも、とても驚いたけど。
怖い夢を見て、俺は夜中に目が覚めた。
昔よく見ていた夢は、俺を怖がったり憎んだりする人の目が、ただ俺に向けられているものだったり、俺に背を向けてどこかに行ってしまう、傷だらけの父さんと母さんだったり、というものだったけど。
最近よく見るのは、アリアが俺をおいてどこかへ行ってしまう、という夢だった。
「もう一緒にいられないの」と言って、真っ暗な中に消えてしまうアリアに、俺は必死で手を伸ばすのに、体はどうしても動かなくて、のどが痛くなるくらいアリアを呼ぶのに、アリアはどこにもいなくて。
アリアの名前を呼びながら目が覚める、そんなことが多くなった。
その夜は、寒期が近づいているせいか、とても寒くて、部屋も真っ暗で、すごく怖くて。
どうしても我慢ができなくなって、俺はベッドを降りると、魔法を使った。
すると、ゆがんだ空間の向こうに、アリアの部屋が見えて、俺はそのゆがみを通り抜けた。
途中なにか変な感じがしたけど、気にせずにアリアの部屋へと入る。
すると、アリアはベッドの上に体を起こして、こちらを見ていて、起きていたのかとぎくりとした。
アリアはとても眠たそうで、目がいつもの半分になっていて、怒っているようだった。
「ちょっと、リュカ。夜中に女性の部屋に無断で入るなんて、通報されても文句は言えないわよ」
淡々というアリアの声に、怒っているのが伝わってきて、アリアに嫌われてしまうと、とても怖くなった。
「……ごめん………、でも、寒くて……眠れ…なくて………」
嫌いにならないでと、泣きそうになりながら、うつむいてそう言うと、アリアが溜息を吐くのが聞こえた。
もう一度謝って、部屋に戻ろうと顔を上げると、アリアはまだ半分の目のままで、自分の掛布団を持ち上げた。
「ほら、早く入んなさい」
そう言うアリアの声はいつも通りで、怒っている風ではなくて、俺はしばらくぼーっとアリアを見ていたけど、アリアが「早く」と言うので、おずおずとアリアのベッドに近づいた。
アリアが壁の方に寄って空けてくれた場所に横になると、アリアが俺の頭をぎゅっと抱きしめたので、驚いた。
「変なことしたら、即座に叩き出すからね」
そう言いながらも、アリアはその小さい手で、俺の頭を撫で、背中をぽんぽんと叩いた。
最初はどうしたらいいか分からなくて、体がカチカチになってたけど、アリアの手のリズムが心地よくて、顔に感じるアリアの体温が温かくて、柔らかくて、泣きそうになって、俺はアリアの体に手を回してぎゅっと抱きしめた。
アリアからは気持ちよさそうな寝息が聞こえていて、アリアはもう眠ってしまっているみたいだった。
アリア、アリア、アリア、アリア、アリア……………
小さくて細い体を抱き締めながら、俺はただ、ずっと心の中でアリアの名前を呼んだ。
アリアと初めて話してから、アリアはずっと俺といてくれるようになった。
アリアは強くて、俺が魔法で攻撃しても、魔力が暴走しかけても、傷一つ負わなくて、いつもふわふわと笑って、俺の傍にいてくれた。
それがとても嬉しくて、いつだって心がぎゅっと誰かにつかまれているみたいに痛くなって。
アリアは知らないんだ。
俺が毎朝、アリアに会うまで不安で不安で仕方がないってこと。
俺と会ったとき、アリアが笑ってくれるか、あの嫌な目を向けられないか、アリアの顔を見るのに、すごく勇気を出してるってこと。
小さくて柔らかくて、力を込めてしまえば壊れてしまいそうなアリアにさわるとき、手が震えるのを必死に押さえつけてるってこと。
アリアが笑ってくれるたびに、胸に何かがつまったように苦しくなって、泣きそうになるってこと。
俺が、もうアリアなしじゃあ、生きていけなくなってるってことを。
アリアが俺から離れていってしまったら、俺はもうきっと独りには耐えられなくて、壊れてしまうんだと思う。
だから、アリア、アリア、どうかずっと俺の傍にいてよ。
アリアが、どうして俺と一緒にいてくれるのかは知らない。同情かもしれないし、ただの気まぐれかもしれない。いつか誰かが言ってたみたいに、利用……しようとしているのかもしれない。
でも、それでもいいから。
誰か、誰も、俺からアリアを取らないで。
もし神さまが本当にいるのなら、ずっとお祈りし続けるから。
どうかずっと、アリアといさせて下さい。
アリアの傍はいつでも暖かくて、花のような優しい匂いがしていて、とても心地がよかった。
傍に聞こえるアリアのゆったりとした寝息に、とても安心して、俺もいつの間にか寝てしまっていた。
次の日の朝、俺の頭を撫でながら「……ポンタ…」と呟いたアリアに、それは誰なの!? って、俺はとても怖くなったけど。
アリアが、
「あ、ごめん、昔うちで飼っていた犬と間違えたわ」
って、目を擦りながら言うから、ほっとはしたけど。
でも、俺は何だかとっても傷ついたよ。




