2.彼との交流。
彼の現在の名は、リュカ・ディアス。
なんでも、桁外れに魔力が強いらしく、その能力を買われてこの学園に入学することになったらしい。
そして、彼は孤児院の出で、そのため貴族の子息が多いこの学園では良くも悪くも目立つ。
だから、どこまでが本当かは分からないけど、彼の噂は何もしなくても私の耳に入ってきた。
いわく、魔力の暴走が原因で親に捨てられただとか、よく魔力を暴走させては周りの物を破壊したり、人に怪我を負わせたりするとか。
だから、この学園への入学は、主に魔力の制御を学ぶためみたいね。
今はまだ、魔力の制御が完璧ではないから、誰でも傍に寄ればその桁違いの魔力がわかる。
あと、金色の目って、魔法能力―――魔力が高く魔法属性への適性が高いってことね―――が高い人に現れるんですって。
能力が高ければ高いほど、純度の高い金色になるみたい。それこそ、彼の眼みたいに。
ちなみに、私は魔力自体は多いけれど、魔法への適性が低いから、瞳に金色は混じってないのね。
まあ、そんな彼だから、周りの人はほとんど彼には近づかない。
庶民だと貶している人もいるし、彼の暴走を恐れている人も多い。
だから、私が見る限り、彼はいつも一人でいた。
そんな彼を見ていると、あの時の言葉が蘇る。
彼の膨大な魔力と、どの属性の魔法も使いこなせる能力………ほんと、魔王やってた前世と同じね。
魂の素質によるものだから仕方がないのだけれど。
でも、今はまだ魔王じゃない。
大丈夫。約束は守るわ。
それは、ある演習の日だった。
全員が広大なグラウンドに出て、二人が一組になって、互いに魔法を試してみるのね。
うちのクラスは30人で、女子が3人に残りが男子。まあ、家の都合だったりとかで、こういった学園に通う女子はまだまだ少ないのが現状なのよ。
徐々に、二人組が出来つつあるなかで、彼は端のほうで地面を見ながらぽつりと立ってた。
周囲からかけられる誘いの声に丁寧に断って、私はずんずんと彼のほうへ近づいて、彼に声をかけた。
「一緒に、組みましょう?」
私の声に、彼は驚いて顔を上げた。周囲でも、ざわざわと驚きの声が上がる。
確かに、私の見た目は、若干低めの身長に、か弱いというか繊細というか、とにかく風が吹けばふわふわ飛ばされてしまいそうな感じがするらしい。―――いや、実際そんなわけないけどね!
そんな私が、魔力が高く暴走の恐れのある彼と組むなんて、とんでもないと思われているのかもしれない。
彼自身もそう思っているのか、その表情が複雑な色に染まる。
「………いや、……いい。」
吐き出された否定の言葉。
それに私は、ちょっとむきになった。
「どうして?それとも、他に誰かと組む予定があるの?」
「………それは………」
言いよどむ彼に、私は少し高圧的な態度で迫る。押して押して、押しきってやるわ!
「俺と組めば………お前が………」
「あなたは私には勝てないわよ。傷一つだって、付けられやしないわ。」
そう言い切れば、彼がちょっとムッとしたのがわかった。
ふふふ、乗ってきたわね。
「そんなわけないだろ。」
「私を見た目で判断してると、痛い目に合うわよ。」
ふふふんと鼻で笑ってやる。
そんな私の態度に、周りからも戸惑いの声が上がった。
まあ、今までは大人しい深窓の令嬢風を装ってましたからね。
「―――どうなっても、知らないからな!」
彼がそう言って、私を睨みつけてきた。………実はものすごく負けず嫌いな性格だったのね。
彼の全身から魔力が立ち昇る。
そのまま魔力は炎となって、彼の周囲を取り囲んだ。
本当に、魔法を使うのに呪文も道具も必要ないのね。
その様を間近にした先生方も驚いてるわよ。
先生方は驚きながらも、他の生徒達を私達から遠ざけた。
私にも何か言ってるけど、まあ、聞こえないふり。
彼の炎を前にしても、私は態度を変えず真っ向から彼の目を見ていた。
そんな私に戸惑いながらも、彼は私に向かって炎を放った。
彼は力を抑えたつもりかもしれないけど、制御できない炎が地面を這うように私に向かう。
真っ赤な渦巻くような炎が目の前に迫る。
全く避けようとしない私に、周囲が―――彼が、息を飲む音が聞こえた。
覆い被さるように、炎が私を飲み込む瞬間、炎は私の周囲で水蒸気を上げながら一瞬で立ち消えた。
当然私は無傷。
辺りは静まり返り、水蒸気の向こうにぽかんと間抜け面をさらした彼が見えた。
くすり、と思わず笑ってしまう。
私の周りには、常に7種の精霊による防護結界が張られている。
光と闇の常設結界を中心に、5種の属性の中で、私にぶつかってくる攻撃に対して、最も効果的に対処できる属性の結界が瞬時に張られるようになっているのだ。
今は、彼の放ったのが炎だったから、水の結界がそれを阻み打ち消したってわけね。
彼にそれを知らしめるように、一瞬だけその結界が見えるようにした。
この私の結界を打ち破れるものはいないだろう―――それこそ彼が、自分の能力を使いこなし、本気で破ろうとしてこない限りは。
呆然と私を見ている彼に向かって、次は私の番ねと微笑む。
心の中で、水の精霊に力を貸してもらうようお願いして、「え~い。」と気の向けるような掛け声をかけた。
その途端、ざばーっと盛大な音を立てて彼の頭上から大量の水が降ってきた。
その勢いたるや。ぷぷ、何かのコントみたいね。
水が治まると、そこには全身水だらけで座り込む彼の姿が。表情が未だ唖然としている。口、開いてるわよ。
そんな彼に笑いながら近づいて、彼の前に手を差し出した。
「言ったでしょ!あなたじゃ私に、傷一つだって付けられやしないって!」
そう言って、満面の笑みを浮かべる。
傷つけることを恐れて、遠ざけようと、脅しのために攻撃をしてきたのでしょうけど。
あなたがそんな優しい人である限り、決して私には勝てないわ。
だから、私はあなたを怖がらない。傍にいるわ。
そんな私をじっと見ていた彼は、ようやくのろのろと腕を上げて、私の手を掴んだ。
ぐっとその手を握った私に、今にも泣きだしそうな顔をする。
「私はアリアージュ!これからよろしくね!」
そう言って、立たせようと手を引っ張る。その時に、火の精霊術で彼の体を乾かした。
いや、さすがにずぶ濡れにさせたままでは風邪ひいちゃうしね。
私に手を引かれるままに、彼はゆっくりと立ち上がり。
「リュカ………ディアス…だ………。」
俯いたまま、そう答えた。