14.召喚された少女と魔王。
剥がれ落ちた壁や天井から、清浄な陽光が筋を射す。瘴気が祓われ辺りを覆っていた黒い霧が消散したため、天井の隙間から見える空は青く透き通り、強い日の光が床に不定形な模様を生み出していた。
元は王の間であった広間は、壁や天井は崩れ落ちて瓦礫があちこちに散乱し、床も剥げて見るも無残な様子になっていた。陰湿な雰囲気の調度品はことごとく壊れ、瓦礫の一部となっている。
そんな部屋の端の方には、ここまで共に来た仲間達が、魔王の瘴気に中てられたり、戦いに敗れたりして、気を失って倒れていた。
そして、その広間の真ん中あたりに、魔力を使い果たし攻撃を受けて瀕死の状態でうつ伏せに倒れている魔王と、同じく魔力を使い果たして疲労困憊の様子で瓦礫にもたれ掛かる、異世界から召喚された少女がいた。
指一本も動かすことができないほど疲れ果てた体で、少女はただ徐々に命が消えつつある目の前の魔王を見ていた。
力を貸してくれていた精霊王達が休息に入った今、魔王に止めを刺す力も残っていなかったが、力が残っていたとしても止めを刺すつもりはなかった。
異世界から呼ばれた少女には、この世界で魔物に襲われたり殺されたりした肉親も友人も知り合いもいなかった。だから、彼女の仲間達が魔王を憎むほどには、彼女は魔王を憎んではいなかった。
むしろ、旅の途中で聞いた魔王の生い立ちに、同情心を抱いてすらいた。
幼い頃に魔力の暴走で人を殺め、それ以来家族や周囲の者達には見放され迫害されて、故郷を追われてからも、行く先々で拒絶され人々に追われた。
ぐっすりと眠ったことも、お腹いっぱいに食事をしたことも無く、心を寄せられる人もいない日々の中で、魔王は確実に精神をすり減らし、心を蝕まれ、狂っていった。その果てに、瘴気に憑かれ魔王へと堕ちた。
床に倒れたまま、うっすらと目を開けて、ぼんやりとした目で床を見ている魔王に、少女は一つ息を吐いて。
「私がこんなこと言うのもどうかと思うけどさ、もし……もしも、輪廻転生ってのが本当にあるのなら、あんたの次の人生が、もっと幸せなものであればいいわね」
呟くように、少女がそう口にした。
魔力も無く、精霊も傍にいないため、死に行く魔王に何かしてやれることは無かった。彼が魔王となってしまった経緯と、自分が呼び出され彼を殺さざるを得なかった状況に、もやもやと様々な感情が胸に渦巻く。だから、これはきっと自分の気を紛らわすための言葉だった。
そのあまりにも身勝手で無責任な言葉に、少女は自嘲の笑みを唇に刷いた。
「……いやだ……」
しばらく落ちた静寂の後、擦れた声で紡がれた言葉に、少女は顔を上げ、倒れ伏す彼の方へ目をやった。
「……また一人になるくらいなら、……生まれ変わりたくなんてない……」
理性の戻った黄金色の瞳がすっと細まる。床に落ちたままだった手を、ゆるゆると握り締めて。
「…………ひとりは……いやだ、……寂しいのは……」
彼が目を閉じた瞬間に、つ、と一粒の水滴が鼻の上を通って、床に染みを作った。その光景は、胸が締め付けられるように、静かで哀しくて、誰にも分かることの出来ない彼の深い深い孤独を感じさせた。
だから。
「……じゃあ、もしあなたが生まれ変わって、私がまたあなたと出会ったら、その時は……」
薄く開かれた黄金色の瞳が僅かに動く。だがその瞳の光は先ほどより弱くなっていた。そんな彼を見ながら、少女は柔らかく微笑んで。
「私が、傍にいてあげるわ」
水分を増した黄金色の目が大きく見開かれる。その瞳が、射し込む光の向こうでそっと笑む少女を捉えたとき、魔王はくっと何かを堪えるように眉間に皺を寄せた、――後。
ゆっくりと目を閉じて、僅かに上げていた顔を床へと下ろした。握り締めた拳から力が抜けて、最後に魔王は一つ息を吐いてから、すうっと動かなくなった。
だが、その口元に僅かに浮かんだ笑みに、少女も笑顔のまま、目を閉じた。
――ねえ、ちゃんと約束を守ったでしょう? ……魔王。
これで第一章は終わりになります。ここまで読んで下さって、ありがとうございました<(__)>
山も谷もない展開になってしまいましたが、山や谷は第二章から出てくる予定ですので……。
また更新した際には、お付き合い頂けると嬉しいです!