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廻り廻るわたしと―――きみと  作者: 行見 八雲
第一章 約束。
13/15

13.彼との月日。



 それからの月日もまた、時に怒涛のように、また時には穏やかな清流の流れのように、過ぎていった。



 リュカとの結婚を決めてから、私達はまず、私の実家に報告に行った。

 自分で言うのもなんだけど、私はこれでも両親に大切に育てられてきたから、てっきり「お前のような男にうちの娘はやらん!」みたいなやり取りが見られるかなぁ、とか、その時はどう父を説得しよう、なんて考えてたのよ。

 それなのに、父にリュカを紹介したとき、父は涙目でリュカの手を握り締めて、「良かったなぁ」「娘を頼む!」としきりに頷いていた。


 そんな父にすっかり拍子抜けした私とリュカが、その後の家族での食事会で聞いてみると、父も前々から王都に勤めている友人や同僚からリュカの話を聞いていて、娘さんを説得してやってくれと、何人もの人に頼まれていたらしい。

 人伝にだが、幾人かから聞いた彼の話や、その人達が必死に結婚を頼み込んでくる様子から、父も段々リュカに良い印象を抱くようになり、私の婿にすることに家族内でもすでに決めていたそうだ。

 そして、次に私が帰郷した時に説得しようと思っていた矢先のこの結婚報告に、父は安堵を抱いたのだと。


 「これで、友人達にせっつかれなくてすむ」と呟いた父に、私は、リュカめ、一体どんだけの人を味方につけてんのよ、と空恐ろしく思ったほどだ。


 とはいえ、直接会ってみて話した感じでも、リュカの純粋で誠実な態度や、私に対する想いの深さから、うちの家族にもリュカは気に入られたようだった。照れてはにかむリュカに、母や姉はキュンキュンきていたみたい。リュカみたいなワンコタイプに弱いのって、家系かしら。



 それから、次に私達が向かったのは、リュカの生まれた村だった。


 学園を卒業する少し前辺りから、私はぽつぽつとリュカの今までの生い立ちを、リュカの口から聞くようになった。

 そのことを話す時のリュカは、とても辛そうで悲しそうで、それと同時にこの話を聞いて、私がリュカと一緒にいるのを嫌がるんじゃないかということに怯えているようだった。

 だから、私は心配しないでというように、リュカの頭を撫でながらゆっくりと話を聞いたのだけど。


 リュカの故郷の村で、リュカの生家を訪ねたとき、扉を開いたのはリュカのお母さんだった。玄関の前に立つ私達を見て、初めは不審そうな顔をしていた彼女は、やがてリュカが彼女の息子だと分かると、途端に怯えたような表情に変わった。やがて、畑に行っていて帰ってきたリュカの父も、リュカを見てひどく驚いた顔をした後、気まずそうに目線を逸らした。

 まるで、リュカの仕返しや糾弾を恐れているかのようなぎこちない彼の両親に、とりあえず結婚する旨を伝えると、強張った笑顔でそれでも祝いの言葉をくれた。


 その日は、用件だけを告げてすぐに彼の両親の家を辞した。彼の両親もリュカも、互いに目線も合わさず、会話もほとんどなかったけれど、まあ離れた理由と離れていた年月の長さを思えば、それも仕方がないように思えた。

 私達と彼の両親が話しているときに、奥から出てきたリュカの妹や弟だと思われる女の子や男の子を見たとき、リュカはぐっと痛みをこらえるような目をしていて、私はそっと目を伏せた。


 帰り際、やけに元気の無いリュカに、私はその背中をポンと叩いて、「徐々に距離を縮めていけばいいのよ」と笑みを向けた。そんな私に、リュカは涙目で頷いて、本当は魔法で飛べばすぐに宿をとってある街に戻れるんだけど、二人でただ手を繋いでゆっくりと街までの道のりを歩いた。

 空は蒼く高くて、草の匂いを含んだ風も気持ちよく、二人でぽつぽつと、これからどんな家に住もうかとか、家具をどうしようかとか、どんな家庭にしようか、なんて事を話しながら、強く握りしめられたリュカの手の暖かさを感じていた。



 そして、親族や友人を呼んでシンプルだけど魔法を派手に使ったり、精霊の祝福を受けたりと、何かと規格外だった結婚式を挙げて、王都のそこそこ高級で治安のいい場所に家を買った。

 私も仕事をするうちはそこから神殿に通うつもりだったし、リュカも城に通うのに程よい距離だったのよね。



 やがて、結婚して二年後に、私達は子どもを授かった。

 第一子は私と同じ黒髪に藍色の瞳で、でも顔はリュカによく似た女の子だった。


 ねえ、リュカ。あなた、あの子を腕に抱くとき全身の震えを押さえるのに必死だったわね。自分の魔力が暴走してこの子を傷つけやしないかと、震える腕で慎重に私の手からあの子を受け取った。

 小っちゃくてふにゃふにゃの体なのに、それでも力強く呼吸するあの子をしばらく呆然と見たあと、やがて金色の瞳を潤ませてそっと笑ったわ。胸の内からこみ上げてくる何かを、噛み締めるように唇を震わせながら、とても優しく柔らかな笑みを浮かべた。

 胸を突くようなそのどこまでも綺麗な笑みを、私はきっと忘れないわ。ただひたすらに、あなたを愛しいと思ったの。



 次いで、男の子二人と女の子二人を授かって、家はいつだって賑やかで元気な声に溢れていた。その頃には、すでにリュカは約束通り国軍大将の地位に昇り詰めていて、国から大きな豪邸を与えるって言われたけれど、結局最後まであの家で過ごしたわね。

 あまり大きくない家で、私とリュカの身分を考えればちょっと不相当だったけど、でも私と子ども達とあなたと、いつだって家族一緒に、笑ったり、時に喧嘩したり、色んな問題に突き当たったり。騒々しくも、優しく幸せな日々だった。



 そのうち子ども達も、結婚して自分の家庭を持ったり、仕事で別に暮らすようになったりと、それぞれに家を出て行って、残ったのが私達二人になっても、穏やかな生活は変わらなくて。昔みたいだと、二人で食事をしながら笑った。


 子ども達にまた子どもが生まれて、時折遊びに来る孫達を、あなたはデレデレと甘やかして、調子に乗って派手な魔法で遊んだりして、子ども達に怒られたりもしたわね。





 やがて訪れたあの日。


 窓から暖かい陽射しの射し込む、柔らかな春の日に、私と、子や孫達やひ孫達に囲まれて、あなたは静かに呼吸を止めた。

 あなたが命を終える間際に、私はあなたに聞いたわ。


「リュカ、幸せ?」


 って。それは、私がずっと感じていたことで、リュカにもそう思っていてほしいと願っていたこと。あなたとの約束と、私の願い。だから、今その時に、私はあなたに問いかけた。

 その私の言葉に、あなたは薄目を開けたまま小さく微笑んで、「ああ……」と答えた。


「……アリア……が、一緒に……いてくれた……から……」


 子ども達の泣き声が大きくなって、でも私は笑ったわ。笑って、ベッドに横たわるリュカの髪を撫でた。


 最後の息で、そっと「アリア……」と囁いて、リュカは目を閉じた。最後に見た黄金色の瞳はひどく穏やかで、透き通るように澄んでいて、それが見えなくなってから、私は涙を零した。



 リュカ、リュカ、愛しているわ。友愛でも、親愛でも、恋愛でも、全ての愛の形で愛してた。あなたに会えて、一緒に過ごすことができて、私も幸せだったわ。


 もしあなたがまたどこかで生まれ変わったとしたら、どうか次の人生もあなたが幸せでありますように。




 そして、リュカを見送ってから数年後に、私もまた子や孫、ひ孫達に囲まれて、アリアージュとしての人生に幕を下ろした。



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