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廻り廻るわたしと―――きみと  作者: 行見 八雲
第一章 約束。
12/15

12.彼と返事。



 その後、私達は無事に学園を卒業し、私は神殿勤務となり、リュカは国軍に入った。


 私は、神殿の仕事を習いながらも、病気や怪我で神殿を訪れる人を治療したり、天候不順で雨が降らない地域に行って、精霊術で雨を降らせたりといったことをしていた。

 一方のリュカも、国軍で訓練に精を出したり、魔物退治等の軍務をこなしたりしているらしい。


 国軍は王城の一角に宿舎や訓練施設があり、私のいる神殿は王城の隣にある。とはいえ、神殿も王城も広大な土地に色々な建物があり、全体としてもものすごく広いから、隣と言っても随分と距離があるんだけど。

 そして、私は神殿の宿舎に、リュカは軍の宿舎に入っているから、会えるのは互いの休みが重なったときぐらいだ。私が神殿内の部屋に移ってからは、リュカも学生の寮の時みたいに空間を歪めてやって来ることも無くなった。空間を歪めて繋げようとすると、神殿の結界に引っかかって、侵入者とみなされてしまうからね。

 前に一度、リュカが空間を繋げようとして大きな騒ぎになりかけたのよね。その時は、闇の精霊が遊んでたってことで納得してもらったけど。闇の精霊くん、ごめんね。



 そんなわけで、微妙な距離で遠恋(?)を始めて早三年の月日が経った。



「ねえ、アリアちゃん。いい加減リュカくんと結婚してあげたら?」


 神殿の裏に併設された宿舎の食堂のおばちゃんにまでそう言われてしまい、私は夕食の乗ったトレイを受け取りつつ、苦笑いで返した。

 以前からぽつぽつと言われてはいたが、ここ最近特にこういったことを会う人会う人に言われるようになってしまった。それは神殿勤務の先輩だったり、神殿警護の兵士さんだったり、学生時代からの友達にだったり。


 というのも、国軍に入ってから、リュカは私が言ったように国軍大将になろうと日々頑張っているらしい。空いた時間には訓練に励み、魔物の討伐や大規模犯罪の制圧には積極的に出動し、苦手な書類仕事もきちんとこなしているのだそうだ。しかし、どうにもその頑張りが度が過ぎているようなのよ。

 何でも、寝る時間を惜しんで剣や魔法の訓練をし、本来なら一度魔物の討伐に行けば次は別の部隊が出るため、休みが与えられるにもかかわらず、自ら魔物退治への参加をねじ込んでくるらしい。


 どうしてそこまで頑張るんだと、ある人がリュカに聞いたところ、「国軍大将になりたいから」とそう返したらしい。まだ軍に入ったばかりのひよっこのその物言いに、先輩達も上司も呆気にとられ、気に食わなそうな顔をした者もいたらしいけど、詳しく聞いてみれば、リュカは満面の笑顔で、


「国軍大将になれば、アリアが結婚してくれるんだ!」


と答えたんだとか。あああ、もう、その時のキラキラした良い笑顔が目に浮かぶようだわ。

 そして、その言葉を聞いた人達は、一気にリュカに同情と応援の念を抱いたらしい。まあ、そのリュカの言葉に毒気を抜かれたライバル達も結構いたみたいだけど。


 それからは、皆がリュカの行動を温かく見守り、所々で手助けをしてくれるようになったそうだ。

 良かったわね、リュカ。良い先輩や同僚達がいて。と、その話を聞いたときは、私も喜ばしい気持ちでいっぱいになった。


 けれど、リュカの無茶は限度が無かった。時に、寝不足でふらふらのまま魔物の討伐に出かけたり、過労で倒れそうになりながらも訓練を続けたり、書類仕事で食事を採り忘れたり。そんな日々が数日、数十日と続き、周囲もいい加減リュカの無茶を止めたくなったらしい。

 そこで、どうすればいいかと話し合った結果、国軍大将になってはいないけど、私にリュカと結婚してもらえばよいのでは? ということになったみたいなの。



「結婚が一生を左右する重大事だということは重々承知している! しかし、頼む、ハージス嬢! ディアスと結婚してやってくれ!」


 そう、飾り気のない重厚な机に両手を置いて、私に頭を下げたのは、現国軍大将の五十代の厳ついおじさまである。


 私は今日、神殿の上司伝手に国軍大将の執務室に呼ばれ、目の前には国軍大将、その机の右側には国軍参謀、そして左側には国軍二位の地位にある中将、という豪華な面々を前に、そんなお願いをされていた。


 国軍大将の話によれば、大将になるには、武勲や戦いの能力、人望等が必要になるのは当然なのだけれど、他にも公式の場に出たり、数年に一度開かれる大会等で優勝し、国民や王に認められたりと、様々な条件が必要であり、いかにリュカ自身の能力が高くとも、どう頑張っても後十数年はなれるものではないそうだ。

 しかし、それまでリュカが今のような無茶を続ければ、いずれリュカは体を壊し、下手をすれば魔物との戦闘で怪我を負い、終いには命を落としかねないと。


 リュカほどの実力の持ち主で、しかもあの真っ直ぐな気質の将来有望な若者を失いたくはないのだと、それはもう必死の形相でお願いされた。

 ちなみに、国軍参謀は苦笑いで、中将は無表情のままひたすら目でお願いされました。大将が一番熱かったー。



 大将の執務室を辞した私は、その足で国軍が日々鍛錬を行っている訓練場へと足を向けた。


 そこへ行く途中に、王城に勤めている人達何人かにすれ違ったけど、皆私やリュカのことを知っているのか、「あれが噂の……」とか、「応援してます!」なんて声が聞こえてくる。中には、「もう彼を許してあげてください!」や「彼も反省しているはずです!」みたいな声をかけられて、話が変な風に伝わっているのね、と苦笑いを浮かべてしまった。


 しかし、これほどの人に声をかけられるほどに、リュカの噂が広がっているようで、そんなに放置しすぎていたかしら、と自らを顧みる。

 確かに、神殿に入ってからは、私も忙しくてリュカに会う機会も減っていたように思う。だから、余計にリュカも結婚を焦っているのかもしれない。ずっと一緒にいられるように。……互いの距離が開いていってしまわないように。


 寂しい思いをさせていたのかもしれないわね。

 そんなことを思って、少しリュカに申し訳なくなった。


 

 訓練場に着いたとき、ちょうど休憩に入っていたらしく、皆訓練場の周りで座ったり水を飲んだり素振りをしたりと、それぞれが思い思いに過ごしているようだった。


 そんな中、端の方で剣を振っていたリュカを見つけ、小さく声をかけた。

 普段は訓練場に足を運ぶことの無い私を見つけ、リュカは驚きに目を見開いた。しかし、その後嬉しそうに顔を緩めると、剣を傍の壁に立てかけて、小走りで私の方に駆けてくる。

 何故かしら、昔と比べてかなり体も大きくなって、顔つきも出会ったころの少年ぽい可愛さなんてどこにも残っていないのに、しっぽをぶんぶん振りながら駆けてくるワンコが見える。しかも、レトリバーとか綺麗系の大型犬じゃなくて、人懐っこい顔立ちの茶色い柴犬が。


「アリア!」


 私の目の前で足を止め、目をキラキラさせて笑う姿は、本当に飼い主を見つけた時の犬のようで、その微笑ましさに自然と笑顔が浮かんだ。そんな私を見て、またリュカもニコニコと笑うから、もう相変わらず可愛いやつめ! と、頭を撫でようとしたんだけど、手を伸ばしても前髪の辺りまでしか届かなかった。すっかり大きくなって……何かすっごく悔しいわ。


 ではなくて!


 危うくここへ来た目的を忘れそうになりながら、私は訓練場を囲む石の壁と、その脇に植えられた木の間の、人目に付きにくい木陰にリュカを引っ張り込んだ。

 リュカを見上げながら、どう言ったものかしらと考えていると、そんな私にリュカはきょとんと不思議そうな顔をする。


 学生の頃からさらに伸びた身長。以前は子どもっぽく丸みを帯びていた顔の輪郭も、今ではすっきりと引き締まっている。というよりは、頬の辺りがちょっとこけている様にも見える。髪は邪魔にならないようにか短めに切られていて、よくよく見れば顔色もあまり健康的とは言えないようになっていた。


 うーん、やっぱりけっこう無理しているみたいで、今更ながらに心配になった。

 もう、昔っから私のことになると、本当に他に気が回らなくなるわよね。


「ねえ、リュカ。前にね、私と結婚したいって言ってたじゃない?」

「うん」


 私の言葉に、リュカは途端に真剣な顔になって頷いた。何かを感じ取っているのだろうか、金色の瞳が不安そうにゆらゆらと揺れる。


「それって、今も変わらない?」


 その問いかけに、リュカはどこか必死な表情を浮かべ、「もちろん!」と力強く頷いた。

 そんなリュカに、つい苦笑いが浮かんでしまう。


 本当に私で良いの? リュカ。

 あなた、城内でも神殿でも、けっこう人気があるのよ?


 精悍な容姿の中に、どこか可愛らしさを含んだ優しげな面差し。長身で、細身で引き締まった体つきに、軍の制服を身に纏った姿は凛としてかっこよく、それを見た女の子達が顔を赤くしてきゃあきゃあ言っているのを何度も見たことがある。

 魔法の能力も、剣の腕も、すでに軍の中では抜きん出ていて、その将来の有望性に、貴族の令嬢からも声がかかっているらしいし。まあその辺は、軍の上官が間に入ってくれて、リュカの意向を聞いたうえで断ってくれているみたいだけど。

 他にもね、リュカと話したことのある侍女の子や、一緒に働く女性兵士の人達も、リュカに思いを寄せている子は何人もいるそうだし。

 それなのに……。



 黙って私の言葉を待っているリュカを、目を覗き込むようにしてじっと見上げる。

 透き通るような金色の目に映る私の姿も、出会った頃とは随分と変わってしまった気がするけど、それでも私に向けられるその目の奥の感情は変わらないまま。あの学生の頃と、私に結婚を申し込んだあの決闘の後と、同じ。


 なら、そうね、きっと私達はずっとこのままね。……だったら、もういいか。


「いいわ。結婚してあげる」


 ちょっと上から目線な言い方になってしまったけど、少し照れ隠しも入ってるから、まあ許してね。

 私の言葉に、リュカは驚きに目を瞠った。じっと私を見たまま、その言葉を反芻しているかのように瞬きを繰り返す。


「……え?」


 ようやく発した声がそれで、私は「二度は言わないわよ」とそっぽを向いた。ああ、今更だけど、何だかものすごく恥ずかしくなってきたわ。結局これって、どっちがプロポーズしたことになるのかしら。結婚を申し込まれてずいぶん経ってるし、改めて私から?


「……本当、に?」


 体の芯が羞恥心から熱くなってくるのを感じながら、どうにか熱を冷まそうとしていると、擦れたリュカの声が聞こえた。


「俺、……まだ、大将に……なってないよ……?」


 恐る恐る吐き出された言葉に、どこまでも律儀ね、なんて笑ってしまう。いや、私が言い出した条件なんですけどね。

 リュカから顔を背けたまま、目線だけでリュカを見上げる。


「まあ、それは、今後に期待ってことにしとくわ」


 意地悪くにっと笑えば、リュカは再び動きを止めた後、急に私の体に腕を回してぎゅっと抱き締めてきた。

 うわっ、最近は互いに大人になったせいか、こういうスキンシップってあんまりしなくなってたから、ちょっと驚いたわ。


 私を抱き締める腕は大きく力強くて、私の体はすっぽりとリュカの胸に収まってしまう。

 本当に大きくなったなぁと感慨深く感じながらも、肩が濡れる感触と、震えるリュカの背中に、懐かしさを覚えた。泣き虫なところは相変わらずなのね。

 「アリア、アリア……」と繰り返し私の名を呼ぶリュカの背中を、いつも通りぽんぽんと撫でた。



 そして、はっと顔を上げると、木の影や訓練場の壁に張り付くようにしてこちらをじっと見つめている、何人もの人達の姿が!


 それに気づいた瞬間、カッと顔が熱くなった私に対し、周りの人達からいっせいに盛大な拍手が上がった。加えて、「やっとかー!」「おめでと~!」「良かったなぁ!!」何て言葉や歓声まで聞こえてくる。

 そんな拍手の音や声に驚いたリュカが私の肩から顔を上げれば、その顔は、もう涙は止まっていたけど、鼻の頭は赤いし、目もまだ潤んでいて。それを見た人達の中には、自らも目を潤ませて鼻を啜る人達まで出だす始末。どこまでも人情深い人達だわ。

 そういった周りの人達の様子に、リュカは照れつつも嬉しそうに笑いながら、お礼の言葉を言っていた。


 ちょっと状況に置いていかれ気味の私は、もしかして今の全部見られていたのかしらと恥ずかしくなりつつも、目を細めて幸せそうに笑うリュカと、口々にリュカに祝いの言葉を述べて、肩を叩いたり頭を撫でたりしている人達を見ると、心が温かくなって、まあいいかと思ってしまった。


 一人が寂しいと泣いていたあの少年はもういないのだと。これからも、もっともっとリュカには幸せになってほしいと思った。

 いや、こうなったら私がどこまでも幸せにしてあげるわ! しっかりと付いてきなさい!



 そのうち、私の方にも、「ディアスをよろしくな!」「お幸せに!」と言ってくる人が何人もいて、恥ずかしさに苦笑いを浮かべながらも、私は頷いた。



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